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zoom RSS 須磨の良寛さん

<<   作成日時 : 2017/02/11 09:52   >>

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神戸市須磨区にあります真言宗須磨寺派大本山須磨寺の塔頭寺院
正覚院に、あの有名な良寛さんの石碑があります。

良寛さんと言えば、越後の子供好きの老僧・・・・と言った知識しか持ち
合わせていない私は、何故ここに石碑があるのか分かりませんでしたが、
少し調べてみると、良寛さんが須磨に来ていることが分かりました。


須磨寺山門
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正覚院
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良寛碑
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文頭に良寛さま直筆で

「すまてらの むかしを 問へば 山桜」 沙門良寛 書

  あなたこなたとする中に日くれければ、宿をもとむれども、
  ひとりものにたやすくかすべきにしもあらねば、をとしつけて、
   
     「よしや寝む すまのうらわの なみまくら」

  とすさみてつなじき天神のもりを、たづねてやどる。

  里を去ること、一丁ばかり、松の林の中にあり。

  春のよのやみはあななし梅のはな、いろこそ見えね、をりをりは、
  よるのあらしにさそはれてすみのころもに、うつるまで、ほんのりにほふ。

  石どうろうの火ハきらめき、うちよするなみのこゑも、つねよりは静かに
  きこゆ。

  板じきのうへに、衣かたしきて、しばしまどろむかとすれバ、雲の上人
  とおぼしきが、うすぎぬに、こきさしぬきてして、紅梅の一技をもちて、
  いづこともなくきたりたまふ。

  こよひは花もよし、しづかにものがたりせんとて、うちよりぬるに、よるの
  ことなれば、けはひもさかにみえねども、ひさししくちぎり人のごとくに
  おもひ、むかしいま、こころのくまぐまをかたあかすかとすれば、ゆめは
  さめぬ。

  ありあけのつきに、浦風の粛々たるをきくのみ。手を折て、うちかぞふれば、
  む月廿四日のよにてなんありける。(良寛さまの須磨紀行より)

                                昭和62年3月3日

                   大本山須磨寺頭正覚院  選文 谷川敏朗
                                    書  加藤僖一
                                    製作 速水史朗
                                    建立 三浦真厳


須磨紀行というのは、良寛様(1758〜1831)が備中玉島の曹洞宗円通寺を
たって郷土の越後に戻られるときに書かれた良寛様の旅日記で正式には
関西紀行と呼ばれ前半部が高野紀行、後半部が須磨紀行と呼ばれています。


時期については諸説があり、はっきりしていないようですが寛政8年(1796)説
が有力だと言われています。良寛さまが39歳のときの紀行文です。

・・・・・・このように良寛さんは、国元の越後を離れ、岡山玉島の円通寺という
曹洞宗のお寺で修行をしていたようで、その帰途の道すがらに須磨に寄った
ということの様です。

須磨寺についての話は書かれていませんが、宿を求めたが貸してもらえなくて
つなじき天神(綱敷天神)の森を訪ね、松林の中で野宿したようです!

現代の綱敷天神の前には国道2号線が走り、その先に海岸線がありますが、
当時は白砂蒼松の風光明媚な場所で、天神さんの付近も松林があったという
ことですね。

現在は、須磨水族園と須磨の国民宿舎(シーパル須磨)の間に松林が少し
残っています。

この様な松林で松の大木に寄りかかって(紀行文には板敷の上となって
いますね)野宿する、墨染めの衣の良寛さんの姿を想像するのもいいですね!

綱敷天神

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須磨を後にしてからの良寛の足取りは・・・

須磨から海辺に沿って、神戸、そして三輪(三田)、箕面の勝尾寺と迂回し
丹波路を京都へと向かい、京都から南に向きを変えて大坂へ。
さらに足を延ばして奈良の吉野、紀州の高野山へと、赴いた。

 「吉野紀行」には、「里へ下り、粗末な家の軒下に立ち一夜の宿を乞う。
夜具さえないので寝られずにいると、宵の間は老人が松の火を灯し、
小さな籠を編んでいる。
何かと尋ねると、吉野の里の花筐という。
吉野蔵王権現の散りゆく桜を惜しんで、拾って花籠に盛るらしい。
しみじみとした心打つ話なので、旅の土産にしよう」と記している。

 そこから、険路の熊野本宮、新宮へと旅をつづけ、やがて鈴鹿の
険しい峰々を越えて、大津に出て、琵琶湖に沿って、彦根、長浜へと北上
する。


 そうして5年の流浪の後に、良寛は帰郷を決意する・・・・・


      あしひきの 岩間をつたう 苔水の

            かすかに我は すみ渡るかも


      盗人に とり残されし

                 窓の月

      捨てし身を いかにと問はば 久方の
           
            雨降れば降れ 風吹けば吹け

  

 ハイコンニチハ何卒雑炊の味噌一かさ被下度候ハイサヨナラ (手紙)

      僧はただ 万事はいらず 

            常不軽菩薩の行ぞ 殊勝なりける
                 


            

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
良寛さんの名を聞くと 私の場合は必ず 「うらをみせ おもてをみせて ちるさくら」の句が心に出てきます。良寛さんと愛し合った貞心尼のはかなさの漂う 何とか言えない美しい句ですね。
茶杓
2017/02/12 10:30
追記 言葉足らずですみません。先の句は貞心尼が詠んだ句です。 昔 京都の荷必館美術館の茶室で 良寛さん自筆の掛け軸を見ました。隅の方に瓢箪のイラスト(!)が描かれていました。
茶杓
2017/02/12 13:43
訂正 まったく今日は朝からバタバタしていて脳ミソがカオス常態です。荷必館 ではなく何必館 です。 多言多謝
茶杓
2017/02/12 13:50
茶杓さま
 いつも有難うございます。
 私はあまり良寛さんのことは知り
 ませんでしたが、交通不便な時代に
 越後から備中玉島の円通寺で修行。
 その帰途に須磨の地にも立ち寄られた
 と知り、少し興味を持ちました。
 良寛さんには宗派や世間の枠組みに
 とらわれない自由さがあるように
 思いますが、それを実行するのは
 大変だったでしょうね!
  良寛に辞世あるかと人問えば
   南無阿弥陀仏と言ふと答えよ
  不可思議の弥陀の誓ひのなかりせば
   何をこの世の思い出にせむ
ポジティブオーラ
2017/02/12 17:17

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