黒住宗忠さんの転機

両親にたいする孝心厚い宗忠さんが、文化九年の秋、両親が痢病で
七日の間に相次いで亡くなるという出来事に遭い、その悲しみは
傍目にも気の毒なほどであった。

それは、父母の遺愛の品を手にしては慟哭し、墓前にぬかづいては
激しく慟哭し、そのあまりに絶息することも何度かあったそうです。

そのような悲しみが極まってか、労咳となった彼は、百万治療の甲斐も
なく文化十一年春には再起不能と思われる重態に陥った。

脈を診ていた備前藩の藩医は匙を投げて、ここ一、二日の命と言い、
また名易といわれた五明楼呑計も筮竹を投じて「天命止む無し」と
告げた。

宗忠も心中天命を覚悟し、死を決するにあたり・・・死ねば神となって
世人の病に苦しむ者を助けよう・・・との誓願を発し、家人に命じて、
病床を縁側に移さしめ、永訣のために太陽を拝し、次に天神地祇を
拝し、祖先の霊をも拝して、世に在りし間の恩を謝し、従容自若として
死を待った。


・・・・其の時、はからずも彼の心に次のような思いが起きてきた。


『自分は元来父母の死を悲しむあまりに、心を痛め、陰気になったが為
にこの大病となったものであるから、その反対に心を翻して、万事を
面白く楽しく思い、この一心を養いて、心さえ陽気になるならば病は
自然に治るべき道理である。

されば以後只一息する間も心を養うこそ真の孝行ではなかろうか。
死ぬるばかりが能ではない。
勇ましく生き栄えてこそ
神も喜び、親達も満足せらるるに相違ない』


そこで忽ち心機一転し、それからというものは、見るにつけ聞くにつけ、
天地の恩の有難いことを思い、一向専念、心を以て心を養うことに
務めるようになると、死を確実視された彼が、日々に元気を取り戻し
人々を驚かせた。


陰気を去って陽気になる。

「悲しい」、「辛い」 を止めて、『面白い』、『楽しい』心になる。

これこそが、神が翁にもらした神自身の心であり、人間全体に対する
神の祈願でもあった。

宗忠は、悲苦の念が、人間の本来の性ではなく、喜びと楽しみこそが
人間本来の正しい姿、すなわち神の人間に命ぜられた自然の天性
であることを理解した。


病気は開眼のための直接の機縁となり、父母の死はその第一関門
であった。
彼はつらつらと来し方を振り返って、悪しきと見え、悲しと思う事の
すべてが、かれの大いなる開眼の喜びのために、天が準備して
くれた貴重な賜物であったことを知った。

そこには宗忠の絶えて久しい笑いがあった。 それは健康が回復
するとともにその波紋をひろげ、どうかすると、笑いの込みあげてくる
力を制しきれずに抱腹絶倒することもあった。
隣人は勿論、家人ですら病余の狂気として痛ましく思った。

彼の自得の喜びは日を追って成長し内面化した。
画像

転心の日から二カ月ばかりすぎたある日。  宗忠は家人の
制止も聞かずに入浴し、着衣を改めて太陽を拝した。

二年近い月日の垢を一洗した日から、彼は完全に健康を取り戻した。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • レイバン ウェイファーラー
  • Excerpt: 黒住宗忠さんの転機 ポジティブオーラ /ウェブリブログ
  • Weblog: レイバン ウェイファーラー
  • Tracked: 2013-07-05 21:00