カタカムナあれこれ

楢崎皐月氏が神戸の金鳥山での不思議な体験からカタカムナ
神社のご神体とされる巻物を書き写したとされているのですが、
その時の体験談を後継者の宇野多美恵さんに語っていたようです。

楢崎皐月氏にカタカムナのことを語ったのは、金鳥山で穴居し付近の
電位測定・研究?をしていた楢崎氏らのもとに、不意に現れた
平十字と名乗る猟師なのですが、その平十字は昼間、不意に
現れて、付近の地形を説明したり、現在の天皇家の祖先である
天孫族とカタカムナの神を祭る一族の主アシアトウアンとが戦い、
アシアトウアンが敗れて九州で没したと話た。

またある日、平十字は楢崎に宝物を授けるといい、「明朝、ドロ
カエシの沼の上で、小鳥が九十度方向を急転換するから、その
真下を掘れ」と指示。 そしてその通りのことが起こり、実際に
掘ってみたら黒い珠が出てきた。

また、楢崎はこの土地の習慣に従って金鳥山中の狐塚と呼ばれる
塚にお供えをしていたが、そのお供物がいつも、あっというまに
なくなってしまうことに気づいた。
いったい誰の仕業かと四六時中見張っていても、いつのまにか
無くなってしまう。

あまり奇妙なので、なるべく取りにくいものをと、半紙に水飴を
ベットリとつけたものを供えてみた。
しかし紙は破られずに、いつの間にか水飴だけきれいに舐められて
しまうということもあった。

楢崎は、このことを平十字に話すと、「あれは俺がやったんだ」と
言う。 「しかし姿が見えなかったではないか」と楢崎が言うと、
「良く見りゃ見えるんだが・・・」と平十字は言ったという。

ところで、カタカムナ文献の第一首は

    カタカムナ ヒビキマノスベシ アシアトウアン

    ウツシマツル カタカムナノウタヒ

となっていて、普通に読めばアシアトウアンという人物が
記録したカタカムナのウタヒ・・・となり

このアシアトウアンが、安倍晴明の敵役として知られる
蘆屋道満であり、金鳥山の狐塚はその墓であるとか、また芦屋市
の鷹尾山(城山)の麓には、その住居跡があったとかいう話も
あります。
  (ちなみに、神戸市兵庫区にオリバーソースの本社がありますが、
その社長が道満さんで、芦屋道満の子孫かも・・真実は不明)


楢崎がカタカムナ文字を見たときに、戦時中、満州の吉林の導院に
詣でたさい、そこの道士の蘆有三から聞いた話を思い出した。

それは「上古代の日本の地に”アシヤ族”という、高度の文明を
もつ種族が存在し”八鏡の文字”を創り、特殊の鉄をはじめ、様々の
生活技法を開発していた」ことなどを聞いた。

この不思議な文字が蘆有三の語った”八鏡文字”ではないかという
直感が働いたことから、平十字にご神体の筆写を請うたところ、
平十字の快諾を得た。

平十字なる人物の不思議な行動から、カタカムナの記録を伝える
のに、楢崎皐月という人物が適任と見込んだような不思議な出会い
があったように思います。

また楢崎の話と筆写したといわれるカタカムナのウタヒの他、狐塚、
平十字という人物、カタカムナ神社、アシア族・・・など、何一つその
存在が不明だということから、この話を楢崎氏の幻想から創られた
ということをいう人達も居るようです。

出雲神話なども、天孫族に征服された歴史の一部を語れる範囲で
記録しているように、真実の歴史は闇の中のように感じます。
同じようにカタカムナの文明を伝承していた種族も、遠い時代に
征服されて消滅したのかも知れないですね。

そして、カタカムナ文献からは古事記に見られる神々の名前が
多く出てくることも不思議です。 またそういった神々の名前を
拾い上げていきたいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック