当尾の里石仏巡り Ⅱ 笑い仏

一願不動明王から元の道に戻り、更に下って行くと笑い仏、浄瑠璃寺
などへの表示が立てられています。
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左へ曲がり、まずわらい仏、そしてミロクの辻へと向かって行きます。

わらい仏(阿弥陀三尊)

永仁7年(1299年)の銘がある阿弥陀三尊磨崖仏。 俗に”わらい仏”と
言われるように、にこやかな笑顔で迎えてくれます。

700年以上も昔から、この場所で、多くの人の願い、想いをニコニコと
見つめ聞き取ってくれるだけで助けられた人も多かったのではないかと
思うほど素晴らしい磨崖仏さんです。

当尾の里は、平安・鎌倉期、南都の腐敗堕落した仏教寺院から離れ、この地
で草庵を結び、純粋な気持ちを持って修行に励んだ僧が多くいたところ
だそうです。

金ぴかの仏像ではなく、自分たちの心の拠り所としての仏を岩に刻んで
日夜礼拝していたのではないでしょうか・・・?

磨崖仏など、工人の手によるものもあるようですが、僧侶と村人が気持ちを
合わせて作り上げた素朴な仏像には、寺院の中に祭り上げられた仏像には
ない素朴な味わいが感じられます。

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このわらい仏の傍に、土に埋もれ、胸から上だけを出している地蔵石仏も
ありました。
眠りほとけと呼ばれているそうです。
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ミロク(弥勒)の辻 線刻仏

写真ではほとんど確認できませんが、実際は、もう少し線刻の様子が
伺えます。
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弥勒磨崖仏の左右に銘文があり、右に「願以此功徳 普及於一切 
我等與衆生 皆共成仏道」、
左に「文永十一年甲戌二月五日為慈父上生永清造之????大工末行」
(1274年)と刻まれているそうです。

「永清」という人物が、亡くなった父親が弥勒菩薩のいるという兜率天へ
生まれ変わる(上生)ことを願って、「石大工猪末行」に彫らせたものと
わかります。
猪末行は後にわらい仏を造立したことでも知られます。

また、この弥勒線刻仏は「足の神様」とされて、道行く旅人が、健脚を
願ったと言われ、その頃には、沢山の真新しい草鞋や杖などが供えられて
いたそうです。

わらい仏に戻り、更に進んで浄瑠璃寺へと向かいますが、途中、カラスの壺
と呼ばれるところに出ます。

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ここからさらに、あたご灯篭を経て、藪の中の三尊磨崖仏、そして浄瑠璃寺
の門前です。

藪の中三尊磨崖仏
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