天日鉾命

出石神社のご祭神であります天日槍命は、新羅国の「王子」と
伝えられています。


新羅から北九州に入り、瀬戸内を通って淀川を遡り、さらに宇治川から
近江。

その後、若狭を経て但馬への遍歴の旅を重ねた後、但馬で定住したと
いうことです。

また、新たな製鉄技術を日本にもたらしたと云われています。


日本書紀のなかでは、垂仁天皇3年春3月

『羽太(はふと)の玉、足高(あしだか)の玉、鵜鹿鹿(うかか) の赤玉の石、
出石の小刀、出石の鉾、日鏡、熊の神籬』の七種の宝物を持参したと
記されてあります。



『播磨国風土記』では神代の渡来神・天日槍命として登場し、伊和大神
(播磨国一の宮伊和神社)と土地を奪い合った話が書かれています。

争いの結末は天日槍が但馬出石に退くことになったとしています。

鉄器文化を象徴する矛を宗教祭儀の呪具として共有する集団が古代に
半島より渡来し、その集団に所縁を示す神社としては、兵主神社や
穴師神社なども関連があるようです。

画像



兵庫の伝説紀行による、出石と天日鉾命の話は次のように書かれて
います(以下引用)

 アメノヒボコは但馬国を得た後、豊岡(とよおか)周辺を中心とした
円山川流域を開拓したらしい。

そして亡くなった後は、出石神社の祭神として祭られることになった。

但馬一宮の出石神社は、出石町宮内にある。この場所は出石町の
中心部よりも少し北にあたり、此隅山からのびる尾根が出石川の右岸に
至り、左岸にも山が迫って、懐のような地形になっている。
神社はその奥の一段高い場所に建っている。

このあたりから下流は、たいへん洪水が多い場所である。

2004年におきた豊岡市の大水害は記憶に新しいところだが、出石神社
のあたりを発掘してみると、低湿地にたまる粘土や腐植物層と、洪水で
たまった砂の層が厚く積み重なっている所が多い。

そんな場所であるから、古代、この地を開拓した人々は、非常な苦労を強い
られたことだろう。

『出石神社由来記』には、アメノヒボコが「瀬戸の岩戸」を切り開いて、
湖だった豊岡周辺を耕地にしたと記されているという。

そのアメノヒボコは、神となって今も自分が開拓した平野をにらんでいるのだ

以上

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この記事へのコメント

  • 降魔成道

    先進技術を携えて人々は、当時の人々にとっては神のような存在だったのでしょうね。
    2017年11月20日 21:15
  • ポジティブオーラ

    降魔成道さん
     有難うございます。 朝鮮半島と
     日本の関係は古代から深いものが
     あったようですね!
     多くの先進技術が、大陸から半島を
     経てもたらされたのだと思います。
     その様な技術集団が沢山あり、その
     伝承を一人の人物に集約されたもの
     だと思います。
     ありがとうございました!
    2017年11月21日 06:22

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