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zoom RSS 東尻池の宝満寺

<<   作成日時 : 2019/02/08 19:47   >>

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神戸市長田区東尻池に在ります禅寺、宝満寺にも
『矢拾い地蔵』によく似た足利尊氏とゆかりのある伝説
があるそうです。

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足利尊氏との伝説

それは、打出合戦に敗れた足利尊氏が敗走中にここを訪れ、
再起を願い、武運を守るようにと祈願したと伝えられます。


その後、尊氏は兵庫から九州へ敗走しますが、筑紫(福岡県)
の多々良浜で菊池武敏軍と戦った多々良浜の戦いのとき、
突然、突風が吹き、その中から一人の少年が尊氏の前に
現われ、矢竹をほしいと頼んだといいます。

尊氏は、その少年に一本の矢竹を与えました。

その後、勢力を立て直した尊氏は、再び兵庫へ攻め上って
きますが、その際、再びここ宝満寺を訪れ、矢竹のことを僧に
話したところ、その僧はたいそう驚き、寺の本尊の下で
見つけたという矢竹を尊氏に見せたそうです。

その矢竹は、まぎれもなく尊氏が少年に与えたものだった
とか。

尊氏はこの寺の本尊が自分を守っていてくれたのだと悟り、
戦勝後、尊氏はこの本尊を深く信仰したと伝えられます。

尊氏は湊川の戦いの際、ここ宝満寺に本陣を布き、また、
戦勝後も宝満寺を崇敬し、伽藍の修復や寺領の寄進をした
という事です。


また、治承4年(1180年)に平清盛が福原遷都の際、福原京
の西入り口にあたる現在地に移築させたと言われています。

その時に、自筆の「護国殿額」と清盛自身の懐中仏
「金胴帝釈天立像」とともに大修理を行っています。

境内の横に「福原内裏分石」と「福原内裏往古仏体刻付棒石」
の標石が保存されています。
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ご本尊
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大同3年(808)弘法大師によって和田山の字寺山
(現在の兵庫区和田山通付近)に創建され、宝満山金剛峰寺
と称した。

唐から帰国した弘法大師が最初に開いた寺といわれ、後に
弘法大師が高野山に金剛峯寺を建てたことから、現在名
の金剛山宝満寺となった。

治承4年(1180)平清盛が福原内裏を造築の際、福原京の
守護寺として、現在地に移した。

この時、平清盛は自筆の「護国殿額」と清盛自身の懐中仏
「金銅帝釈天立像」とともに伽藍の大修理を行っています。

境内の横に「福原内裏分石」と「福原内裏往古仏体刻付
棒石」の標石が保存されています。


文永3年(1266)宝満寺は寛心禅師の教化で真言宗から
禅宗に改め大いに栄えた。
その時、亀山天皇の勅命があった。
塔頭三院末寺三ヶ寺を持ったという。

それから三度の兵火と昭和の空襲に遭い堂宇の大部分
を焼失した。

3度の兵火と空襲の災いの詳細は以下のとおり。

寿永3年(1184)の一の谷合戦。
建武3年(1336)の湊川合戦。この時足利尊氏は同寺を
本陣とした。
天正7年(1579)荒木村重の焼き討ち。
昭和20年(1945)6月5日の大空襲。

大空襲で宝満寺の寺史に関する文書資料は焼失して
しまったが、大日如来坐像といくつかの寺宝は境内の
枯れた井戸に隠されていて被災を免れた。

平成7年(1995)1月17日の阪神淡路大震災でも
伽藍のすべてが損傷したが火災からは免れ修復された
・・・・・・・という事です。



この宝満寺の少し北側に離れたところに、射場八幡宮という
小さなお宮さんがありましたので、そちらにも寄りました。






 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
九州まで飛んできて守ってくれたのですね。
歴史ある宝満寺ですね。
そして数々の災難から復活はすごいですね。
筑後川の戦いの舞台
筑後川を挟んで南朝と北朝が対峙したのですが
支流に宝満川が流入しています。
懐良親王が陣を置いた場所が合流地点の近くです。
今は宮の陣神社となっていますよ。
tor
2019/02/08 22:50
torさん
有難うございます。
今は臨済宗のお寺ですが、空海が
創建した歴史が驚きました。
足利尊氏の寄進が伝説を作り出して
いる様に思いますがどうでしょうか!
宝満川というのがあるのですね。
宮の陣神社を調べてみましたら、
大宰府の近くに宝満山という山も
あるのですね。
元は空海が宝満山金剛峯寺と言った
そうですが、強い繋がりがありそうですね。
面白いです!
興味深い情報を有難うございました!
ポジティブオーラ
2019/02/09 09:24

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