明石原人

明石の西側の林崎から江井島付近にかけて、十数メートルの
高さの切り立った崖が海岸線に続いています。
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所謂、屛風ヶ浦と云われる崖なのですが、瀬戸内海の波に
洗われて古代の地層が露出しているところです。

ここでは、明石象や明石原人の化石が見っかっていることで
大変有名な場所ですが、今日、この屛風ヶ浦付近を散策して
来ました。



山陽電車の中八木駅で下車し、海岸線を歩いて西江井ヶ島駅
まで歩きました。
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中八木駅から海岸線に向かい、少し歩くと『八木遺跡公園』
がありました。

【八木遺跡公園】
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 (明石原人腰骨発見85周年記念樹)
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公園から、海岸線に降りると切り立った崖に沿うように
遊歩道があり、海を眺めながらサイクリングやジョギングを
楽しむ人が多くいました。

【明石象発掘地】
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昭和35(1960)年、当時中学生であった紀川晴彦氏がこの
海岸の崖からゾウの牙の化石を発見しました。
その後、この地を一人で掘り続け、約6年間で97点におよぶ
ゾウの歯や骨の化石を採集しました。

昭和41(1966)年には、大阪市立自然史博物館が発掘を
引き継ぎ新たな標本を加えました。
これらの標本は同一個体であることがわかり、それをもとに
初めてアカシゾウの全身骨格標本がつくられ同博物館に
展示保存されています。
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アカシゾウは約120~180万年前に西日本から関東地方に
生息していた象で、体長は約1.5m~2m程度の小型で
長い牙を持つ象です。
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明石象化石発掘地は屏風ヶ浦という高さ20mほどの断崖が
続く海岸段丘にあります。

世界でも最も古い象といわれるアカシゾウの化石が発見された
ことで、太古の化石の発見といわれています。
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明石象化石発掘地から海岸沿いのサイクリングロードを
西側の江井ヶ島方面に歩き、明石原人の化石発見場所へ
向かいますと、途中の崖上に石の鳥居が見えました。
少し寄ってみます。

【住吉神社】
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【明石原人腰骨発見地】(フェンスで囲われていました)
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当時の西八木海岸の様子
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(今は、浸食で海岸線が相当後退しています。原人のロマンも
 海の中と言うことでしょうか!)

発見された骨の模型
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直良信夫氏
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明石原人の歩み
http://www2u.biglobe.ne.jp/~HASSHI/akashigenzin.htm
ウイキペディア明石原人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E4%BA%BA

明石原人に関しては、戦前の話で、発見者が在野の研究者
ということで、当時のアカデミズムの学会から純粋な研究
以前に否定的な見解を持って見られていたようですね。
そして、実物が空襲により焼失したことにより、その後の
科学的な研究が出来なくなったことが残念です!

また、当時の学会の状態がどの様なものであったかという
ことは、松本清張氏の小説『石の骨』によく表されています。


江井ヶ島周辺

明石大橋と淡路島を望む
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古い酒造家(太陽酒造)
   創業天保10年(1839年)、田中 利助が江井島にて創業。
   前身は廻船問屋、屋号「ホシカヤ」
   田中 利助創業時より屋号は「中利」
   昭和33年12月11日より太陽酒造株式会社となる。
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講堂寺
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講堂寺 (浄土宗 補陀山 講堂寺)
奈良時代、行基上人の開山
  馬頭観音を本尊とする寺。 
  今は、西江井観音堂として親しまれています。
講堂寺について
 江井島港のあたりは行基上人が魚住の泊を築いたところと
 伝えられており昔から栄えていました。 
 それだけに寺院も多く東寺、中寺、西寺と呼ばれていた
 大きな寺院を含め七カ寺もありました。 
 このうちの東寺(講堂寺)は慶長18年(1613)に琳誉上人が
 江井島から大観町に移して開山したと伝えられる無量光寺のことで、
 現在は講堂寺観音堂が残されています。
 平成20年(2008)に観音堂の修復工事中に1856年に再建した際の
 年月や工匠などを示す棟札を発見、また観音堂正面に掛けられていた
「鰐口」に記載されていた内容から製造年が1669年と判明しました。
 さらに、
「のちのよを いのる心は こうどうじ ただきよかれときしのした水」
 と御詠歌が書かれていました。

森聖天 如法寺
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如法寺 (高野山真言宗  密厳山 如法寺)
 昔は小高い丘陵地で境内に十数本の老木があって、江井島の沖を通る
 船の目印になっていました。 通称「森の聖天さん」
聖天堂
 平安時代の大治年中(1126~31)に西海和泉守有利が氏寺として創建。 
 その後、住吉神社の別当を兼ねる寺として栄えました。 本尊は大日如来、
 宗派は高野山真言宗です。
 境内には有名な聖天堂が向かって右奥にあります。 
 四世の寂道真源法師が、江戸時代文化年間(1804~1814)に建立しました。
 聖天堂には聖天(歓喜天)が祀られ、土地の字名「森」にあるので
「森の聖天」として一般に知られています。
 生駒山(大阪府と奈良県の境にある)に聖天を勧請した宝山湛海は、
 もとこの如法寺にいて聖天を祀っていましたが、のちに生駒へ行った
 といわれ、この森の聖天さんの方が元祖といえるのではないでしょうか。
 聖天は、インドで仏を守る神として現れ、数々の魔障を排除するシンボル
 でした。 
 日本でも、あらゆる諸魔を退散させ、所願を成就する神として古くから
 厚く信仰されてきました。
 毎年四月に歓喜天祭を催し、多くの参詣者が集います。 
 聖天堂は、いつも鍵がかけられており拝観できません。 
 住職だけが拝観できる秘仏です。

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この記事へのコメント

  • yoppy702

    明石原人の事は聞いた事がありましたが、詳しくは知りませんでした。
    腰骨だけが発見され、当時は認めてもらえず、空襲で焼けてしまったなんて…
    でも、後日、石膏模型が見つかり、認定されたなんて!
    その時に、現物があれば、状況は、もっと変わっていたでしょうね。
    長谷部さんを調査団長とする西八木海岸の発掘調査に、直良氏を正式調査団員にしていたら、ひょっとしたら、何か見つかったかもしれませんね。
    なんて、思ってしまいます。(^^ゞ

    明石象の事は知りませんでした。
    しかも、大阪市立自然史博物館が調査を引き継ぎ、全身骨格標本が博物館にあるなんて!
    長居植物園には、良く行ってるのですが、自然史博物館には入った事がないんです。(^^ゞ
    今度、入って見てきます。
    2019年08月26日 00:06
  • ポジティブオーラ

    yoppy702さん
     有難うございます。
     明石原人の話は、戦前の事でもあり
     発見当時の地層との関連などの確認が
     正確には分からないようで、その後の
     発掘調査でも人骨が出てこないことから
     唯一の物証が腰骨だけ、それも空襲で
     焼失したのも不運でした。色々不運が
     重なったのが残念です!
     明石象の全身骨格標本について調べて
     みますと、明石市立文化博物館にある
     ようです。大阪市立自然史博物館も
     調べましたが、明石象については何も
     出てきませんでしたので、どうなっているのか
     不明です。
     すみませんが、確認の上お出かけ下さいますように
     お願い致します!
     ありがとうございました。
    2019年08月26日 07:14
  • トトパパ

    こんにちは。

    明石原人ですか。
    ほんの少しだけ聞いた事ありますが。。。
    こんな場所があるなんて知りませんでした。
    なんかロマンを感じますね。
    2019年08月26日 08:51
  • ポジティブオーラ

    トトパパさん
    有難うございます。
     明石原人は最近あまり話題にならないですね。
     見っかった時代が戦前と言うことで、日本では
     まだ旧石器時代も無いと思われていた時代
     ですから学会の対応が頗る否定的だった
     ようです。
     それに現物が焼失したということも残念
     です。明石象に原人の組み合わせがロマン
     ありますね。
     内田康夫さんが少し小説に書いていたように
     思います。(間違っていたらごめんなさい)
     有難うございました。
    2019年08月26日 09:40
  • ヒゲ爺

    いつもご訪問有難う御座います。
    ナイス(^ǒ^)ナイス
    可愛い.d( ^u^ )b可愛い
    ガッツg(^0_0^)gガッツ
    面白い.w( ^O^ )w面白い
    なるほどn( -v- )nなるほど
    驚いたY(⦿U⦿)Y驚いた
    コメ返は不要です。
    2019年08月26日 11:09
  • 茶々

    ポジティブオーラさん、こんにちは🎵。
    明石と言えば、(私が思いつきますのは)135° の街。
    そして「西明石」行きの電車。(^^;)
    明石原人・アカシゾウ、何だかロマンを感じます。
    彦根市に隣接します「多賀町」でもアケボノゾウの全身骨格化石が平成5年に発見されました。
    この地にゾウが棲息していたなど、考えられないです。
    2019年08月26日 16:00
  • ポジティブオーラ

    ヒゲ爺さん
     有難うございました。
    2019年08月26日 16:47
  • ポジティブオーラ

    茶々さん
     こんにちは!
     ありがとうございます。
     明石は135度の子午線の街で、西明石には
     新幹線の一部が止まります。
     明石原人は本当に残念な扱いをされたように
     思います。戦後の発見なら事情も変わって
     いたかも知れないですね。
     明石象はアケボノ象と同じ種類だそうで
     小型の像で、当時関東以西に沢山生息
     していたようです。 
     多賀町は伊弉諾命が御祭神の多賀大社が
     あるところですね。
     ありがとうございました。
    2019年08月26日 17:04
  • tor

    明石原人の化石は腰骨だったのですね。
    なんか北京原人のイメージが強く
    勘違いをしていました。
    戦火で失われてしまったのですね。
    象の化石もあったりして
    戦火で失われなかったらと思うと残念です。
    神社や寺院、そして造り酒屋と
    全て興味のあるものです
    巡ってみたくなります。
    2019年08月26日 19:11
  • ポジティブオーラ

    torさん
    ありがとうございます。
     明石原人は日本に旧石器時代が無いと
     思われていた時代、在野の研究者が
     発見。そして現物が空襲で焼失と、
     悪条件が重なったのが本当に残念だと
     思います。
     住宅街に入ると、入り組んだ道路に
     方向感覚も無くなりますが、突然、古い
     酒造が見つかったり、お寺に出会えたりと
     面白い散策が出来るところです!
     私も、またブラブラしてみたいと
     思うところでした。
    2019年08月26日 19:40
  • winga

    おはようございます。
    日本のどこかでまだ石器時代などの化石がきっと眠ってる気がします。
    選ばれし明石。地道に発掘されたんですね。
    ポジティブオーラさんはこっち方面もお好きなんですね。
    古。長い物語ですね。
    2019年08月27日 05:20
  • ポジティブオーラ

    wingaさん
    おはようございます。
    今は日本でも旧石器時代があったことが
     分かっていますが、それも戦後に分かった
     話です。  明石原人の発見は戦前でもあり
     常識と言う先入観で否定的な見方をされたのが
     残念です。 しかも現物も焼失しているのも
     不運な話です。
     松本清張さんが「石の骨」という小説で
     明石原人を取り巻く話を書いていますし、
     内田康夫さんなども書いていたと思います。
     古代のロマンですね。
     ありがとうございました。
    2019年08月27日 07:01
  • トンキチ

    おはようございます。
    明石の西、林崎から江井島にかけては山陽電車沿線の臨海部で、風光明媚な海の風景が楽しめるところです。
    海の近くまで行ったことはないのですが、ウォーキングやジョギング、サイクリングなど色々楽しめる海岸線ですよね。
    この付近で、明石原人や明石像の骨の化石が発見されたのは有名ですが、実際に足を運んだことはありません。
    太陽酒造は木造の凄い建物ですね。
    名前は聞いたことがありますが、どんなお酒を造ってるのでしょう。
    この辺りには由緒のある古いお寺もあるのですね。
    2019年08月27日 07:36
  • ポジティブオーラ

    トンキチさん
    おはようございます。
     私もあまり行かないところですが、この日は
     天気も良かったこともあり何となくの散策を
     してきました。
     今は海岸線も後退し、綺麗に整備された
     サイクリングロードがあり、古代のロマンも
     想像しにくくなっています。
     古い酒造は、他に江井島酒造という処も
     あるようです。 
     太陽酒造の名前を聞かれたことが有るのですね。
     私は全く知りませんでした! 
     ありがとうございました。
    2019年08月27日 08:35
  • kawa

    おはようございます
    毎回ですが 知らない世界のことが とっても勉強になります
    汚水桝の蓋が可愛いですね
    朝晩は過ごしやすくなりましたが 日中はまだ暑いので 体調にもお気を付けください
    2019年08月27日 10:03
  • ポジティブオーラ

    kawaさん
    ありがとうございます。
    明石原人の話は松本清張さんの小説
    「石の骨」が面白いですよ。
    マンホールの蓋も気を付けて見ていると、
    各地の特色を表して面白いですね。
    気候も随分と過ごしやすくなりました。
    こういう季節の変わり目は注意が必要
    ですね!気を付けます。
    ありがとうございました。
    2019年08月27日 11:35
  • y&m

    明石原人、興味深く読ませて頂きました。
    地図で確認しましたが、こんな所に河岸段丘が
    残っているんですね。車で走ってると分かりませんよ。
    直良 信夫氏が"オブザーバー・・"云々で発掘調査を
    参加拒否したお話で、更にミステリアスな方向に
    向かってしまったんですね。
    私も明石原人や明石象の言葉は聞いていても、ここまで
    詳しく知りませんでしたので、とても良い機会を与えて
    頂きました。感謝です。(^^♪
    清張さんの"石の骨" は知りませんでしたが、内田氏の
    本はひっとしたら読んでるかも知れませんねぇ。
    浅見モノの頃は手あたり次第でしたから、記憶が・・(笑)。

    2019年08月27日 18:08
  • ポジティブオーラ

    y&mさん
    いつも有難うございます。
     浜街道を車で走っていても全然分からない 
     のですが、海岸に出ると20M程の高さの
     崖が続いています。
     明石原人の発掘調査には直良氏は呼ばれず、
     更には原人の骨調査の手柄?も横取りされる
     ・・ような事が松本清張氏の小説の山場に
     なっているようですが、事実は分かりません。
     内田康夫氏の本は「須磨明石殺人事件」だった
     と思いますが、こちらは大きく横道に逸れて
     いるような・・・私も大昔に呼んだ記憶しか
     ありませんので。
     明石象を発見したのは中学生。明石原人の
     化石骨は嵐の後の偶然などがキッカケに
     なっています。偶然で良いから宝くじに
     当たらないものかなぁ~!
     ありがとうございました。
    2019年08月27日 19:41
  • 降魔成道

    明石原人は美しい場所に住んでいたのですね。
    発掘された明石原人は旧石器時代の人骨かどうかはっきりとわからないうちに東京大空襲で焼失してしまい、今では何が何だか分からなくなってしまいましたが、でもロマンがありますよね。
    2019年08月27日 22:32
  • ポジティブオーラ

    降魔成道さん
    ありがとうございます。
     明石原人が発見された事情や時代。
     学会の対応、戦火など不運があったのが
     非常に残念です。
     近くで旧石器時代の遺跡でも見つかれば
     また話題になるでしょうが、今は明石原人
     のことを知らない人が多いでしょうね。
     ありがとうございました。
    2019年08月28日 05:55
  • bunko

    お天気が良い時は、古風な感じの散策するに良いところ見たいですね、1.5mの象なんて今生きていたらペットにでも飼えそうな感じですね、散策資料面白かったです。
    2019年08月28日 08:05
  • ポジティブオーラ

    bunkoさん
    ありがとうございます。
     この付近を歩いたのは初めてですが、
     古い酒造やお寺も多く興味深いところ
     でした。
     明石の博物館に明石象の骨格標本が
     あるようなので、また機会を見て
     行ってみたいと思っています。
     ありがとうございました。
    2019年08月28日 12:55
  • アルクノ

    屛風ヶ浦と云われる崖の海側には、砂浜が続いていますが、ここは海水浴場ですか?
    明石原人がこのような崖で発見されたんですね。
    打ち寄せる波が発掘のお手伝いをしたと言えますね。
    アカシゾウが発見された事は、太古の昔、日本が大陸と陸続きであったことが解るし、明石原人も大陸からで、大元はアフリカからやってきた頃が想像できます。

    最近まで、明石の住吉神社が地元では有名であることを知りませんでした。
    神戸にJR住吉駅があるので^^;
    太陽酒造いい感じですね。
    2014年、山友の案内で明石の西、魚住駅から徒歩10分程度の茨木酒造で新酒を味わいながら新年会をしたことを思い出します。
    2019年08月28日 15:06
  • ポジティブオーラ

    アルクノさん
     ありがとうございます。
     屛風ヶ浦の海岸線での海水浴は分かりませんが、
     江井ヶ島には海水浴場があるようです。
     明石原人の呼称も確定したものではないようで、
     原人よりも新しいとも考えられているようです。
     ただ、色々な悪条件が重なり、きちんとした
     研究が出来ていないことが残念です。
     魚住の住吉神社を中心に、この辺りは住吉神社が
     多いですね。神戸では東灘の本住吉神社が有名
     ですね!
     江井ヶ島・魚住辺りは昔からの酒造屋や瓦屋が
     多くあったようです。
     茨木酒造も幕末頃からの歴史がある造り酒屋さん
     ですね!
     江井島酒造さんも有名ですね。
     ありがとうございました。
     
    2019年08月28日 16:01
  • yasuhiko

    明石象と明石原人の発掘現場を訪ねての
    素晴らしい散策レポートだと思います。
    明石原人発掘の話は、松本清張の短編を読んで以来、
    気になってましたが、その発掘現場の今の様子が
    分かって、とても興味深かったです。
    「原人」では無いにしても、旧石器時代の人骨
    だった可能性が高いという点で、考古学の
    ロマンが感じられますね。
    2019年08月28日 16:52
  • ポジティブオーラ

    yasuhikoさん
    有難うございます。
     松本清張さんの短編「石の骨」を読まれたのですね。
     当時の直良信夫氏の悔しい気持ちが良く表現
     されていたと思います。
     今の見解では原人よりも時代が下がると
     思われることで、「明石人」と言われている
     ようですね。
     明石原人に関しては、色々不運な状況が
     重なったことが本当に残念としか言いようがないです  ね!
     ありがとうございました。
    2019年08月28日 19:44
  • ミクミティ

    明石原人、昔聞きましたね。最近では全く耳にしてなかったので、突然思い出した感じでした。日本人のルーツを考える上で一つの候補となるミステリアスな存在ですね。ただ、アカシゾウは知りませんでした。かつての遺跡の発掘現場がのどかな浜辺になって見ていて気持ちいいですね。
    太陽酒造の建物は妙に趣がありますね。こちらにも時代の流れを感じました。
    2019年08月29日 20:42
  • ポジティブオーラ

    ミクミティさん
    有難うございます。
     本当に明石原人が話題になることは
     無いですね。 学校でも教えているのかどうか?
     発見された時代や状況が不運だったのが残念です。
     ナウマンゾウは良く聞きますが、明石象(アケボノ象)
     は余り聞かないです。
     屛風ヶ浦の段丘も、当時とはかなり変わって
     いるようです。
     付近には古い酒造が数軒残っているようです。
     ありがとうございました。
    2019年08月30日 06:51
  • わけい

    「世界でも最も古い象といわれるアカシゾウ」が発見されたとか、「明石原人」の化石も発見されたとか、非常に興味深いところですね。
    私事ですが、先週の土曜日に地域の納涼祭の準備・実施・片付けで、すっかり体調を壊し、しばらく寝込んでいました。(実際に寝ていたわけではありませんが)やっと、元気が出てきたようです。回復までに1週間弱、要しました。
    私には体力を使う作業はやめた方が良さそうだと、実感しました。
    2019年08月31日 17:15
  • ポジティブオーラ

    わけいさん
     ありがとうございます。
     屛風ヶ浦の風景は当時とかなり
     変わっているようで、今は整備された
     海岸線になっていますが、明石象や
     明石原人がいた時代を思わせるロマンが
     微かに感じられるところです。
     地域の行事に協力されているのですね!
     自分の体力・体調を考えながらの参加も
     難しいですが、一度体調を崩すと回復に
     時間がかかります。
     私も、動くときは他人のペースでなく、
     自分のペースを守る様気を付けています。
     わけいさんも無理を重ねないように
     気を付けて下さい!
     ありがとうございました。
     

    2019年08月31日 17:59