月見山の弓場八幡神社

今日は、三か月ぶりに電車に乗り病院へ定期検診に行ってきました。 電車の車内は、そこそこの込み具合で、周りの乗客の様子を確認しながら やや緊張しつつ、吊革を持っ手も気になりつつ我慢しながら目的の病院へ。 病院では、玄関で止められて、手の消毒と頭をカメラに移しての検温があり、 それを済まして待合室に入ると、二人掛けの椅子は一人使用になり、隣との 間にはビニールの仕切り幕が作られていました。 病院の待合所が一番感染リスクが高いと思われるので、病院側の工夫で対策を 取って頂いていると少しは安心ですね! それでも、血液検査や検診で一時間半程の時間がかかり疲れて帰ってきました。 途中、月見山にあります【弓場八幡】さんにお参りです。   今までにも記事にしていますが、今回は特にコロナ退散を意識して八幡大神様へ お詣りです! 【弓場八幡】   御祭神  誉田別尊 五十猛尊  菅原道真公   御由緒    一説に永延年間(987~989)第66代一條天皇の御代に創建されたと伝えられるが、    その年月日は不詳である。    誉田別尊を主祭神として奉斎し、明治中期頃より権現社・天満宮を境内末社と    して奉斎したが、昭和29年(1954)の本殿建替えを機に、その御祭神五十猛尊・    菅原道真公を合祀し、東須磨村一円の氏神としての崇敬はもとより、近郷の    信仰をも集め、厄除開運の神社として広く崇敬され…

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弘法大師誕生日・須磨寺

今日、6月15日はお大師さんのお誕生日という事です。 つまり、お大師さまは、宝亀五年(774年)六月十五日、讃岐国の屏風ガ浦 (香川県善通寺市)でお生れになりました。 お父さまは佐伯直田公、お母さまは玉依御前といいます。 ある日のこと、お父さまとお母さまが、「天竺のお坊さんが紫色に輝く雲に乗って、 お母さまのふところに入られる」という夢を同時にみられ、真魚さまがお生れに なりました。 この真魚さまが後の空海上人、弘法大師さまです。 真言宗では、このお生まれになった六月十五日を「青葉まつり」と称して、 お大師さまのお誕生をお祝いしています。 例年なら、各地の真言宗ゆかりのお寺では『青葉まつり』とか『いろは祭り』とか 言う形で、お大師さんのお誕生をお祝いする催しが開かれるのですが、今年は 新型コロナの影響で、人を集めての催しが全部中止になっています。 ここ須磨寺でも、同じく一般周知の催しは中止となりましたが、自主的にお参りに 来られる方のための、甘茶供養と、管長さんのお勤めだけは行われていました。 令和2年6月15日 午前10時 須磨寺・大師堂 稚児大師 大師堂・本堂 敦盛池・義経腰掛け松 敦盛池 句碑  尾崎 放哉 『こんな良い月を ひとりで見て寝る』  槙屋 西月 『ふる雨も 清水になるや 花のおく』  白崎 弘晧 『公達の…

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亡くなった幼い子供への思い(天神様と蓮)。 ウソ替え神事。

須磨の綱敷天満宮の話の続きです。 綱敷天満宮さんをお参りしました時に、駐車場の石垣に掲げられた掲示物の 中に、「天神さんと蓮の話」がありました。 詳しく読んでみますと、菅原道真公の子供さんの話でしたので、以下にその 話を書いてみます。 『天神様と蓮  〈夢阿満〉 -  阿満を夢む 阿満(あまろ)が死んでから ずっと今まで夜も眠ることができない 偶々眠ると夢に出てきて 夢の中でも涙を流し続けるのである 身長は去年の夏 三尺に余るほどにもなり 年齢は今年七つになるところだった 勉学に従事すれば 人の道の基本である孝について学びたいと言い 書を読めば(長編の)帝京篇を暗誦してしまうような聡い子であった 薬であの子の激しい痛みを和らげてやれたのはわずか十日 風があの子の体から遊離した魂を運び去ったのは九泉の国 それ以来 私は神を怨み 当初はあまりの悲しみに呆然として 天も地もないような思いだった 我が両の膝の空虚を見て あざけりたくなるのは お前の弟まで相次いで亡くなり  夭折した二児を一緒に葬らねばならなかったから 阿満についで、その小さな弟も死んだ 韋康・韋誕の二人の兄弟にも比すべき(と親の目には思われた) 我が子を相次いで失った 子供は親のものではなく 天地から仮に委ねられた蝉の抜け殻の ようなものという荘子の言葉を思っても やはり子を失った親は泣かずにはいられない どうしてこの悲しみに堪えられ…

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須磨の綱敷天満宮・諏訪神社

須磨の砂浜を一の谷から歩き、散歩の仕上げは綱敷天満宮を参拝しました。 この綱敷天満宮については、今までも何度か書いていますが、今回は梅の花も無く、 参拝者もいなくて静かな境内でした。 国道2号線側から見た、須磨綱敷天満宮境内 綱敷天満宮由緒 学問の神様、菅原道真公を祀る須磨の天神様 道真公は九州太宰府に左遷された際、須磨の浦で波が高くなり航海を中断されました。 その時、漁師達が網の大綱で円座を作り、お休みになられた事にちなんで創建された のが綱敷天満宮です。 天神様と蓮 北海道の名付け親 「北海道」名付けの親である松浦武四郎さんが納めた宝鏡があります。 二十五霊社とは「北海道」を命名した松浦武四郎の定めた天神社25社を指します。 手水舎(コロナ対策で柄杓を置いていません) 良縁・夫婦円満の木 影向松 拝殿 狛犬 この綱敷さんの境内には、縁起もんが沢山ありますが、神社さんの頑張りのあらわれだと 思います。 そして、その一つ一つに丁寧な説明が添えられています。 綱敷(円座) 綱敷の円座 道真公がお休みになられたとされる漁網の円座を模した縁起物 「なす」のこしかけ 願いをかなえる「なすの腰かけ」 何でも願いが叶うというなすの腰掛け 「なす」の花は…

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