高砂周辺・高砂神社

少し以前ですが、山陽電車の高砂駅で下車し、高砂の街を散策し、高砂神社にお参りして
きました。

高砂は古い街らしい雰囲気が、昔懐かしい建物とともに残っていました
が、古い商店街はシャッター街となり、人影も少なくて寂しい感じが
しました。


スナップ写真です!

山陽高砂駅前

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このような昔の町内案内表示が街のあちこちにありました

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旧国鉄の高砂駅跡地
国鉄の高砂線が現役の頃が高砂の街が一番賑わった頃のようです

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旧高砂駅前の銀座商店街

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十輪寺

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念仏塚
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十輪寺は寺伝によれば弘仁6年(815年)に弘法大師が勅命により創建。
後に讃岐へ流される途中、立ち寄った法然上人が寺を復興、浄土宗に転宗した
と伝えられ、絹本着色五仏尊像(国重文)など貴重な仏画が残る名刹です。


申義堂

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古い板塀の建物が沢山残っています

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高砂神社

神功皇后が外征のとき、大己貴命の神助を得て敵を平らげられた。
  帰国の途中、この地に船を寄せられ、国家鎮護のため、大己貴命を
  まつられたのが高砂神社のはじまりです。

  その後、天禄年間(970年)~(972年)国内に疫病が流行し、庶民が
  苦しんでいた時、神託によって素盞嗚命、奇稲田姫命をあわせまつった
  ところ、疫病がたちまちおさまったので、庶民は喜んでお礼参りをした。

  文禄元年(1592年)豊臣秀吉は、朝鮮出兵のときこの神社に参拝し戦勝
  を祈願したと伝えられる。

池田輝政をはじめ、歴代姫路城主は社領を寄進し、特に本多忠政は尊崇熱く、
  輝政によって他に移されていた社殿を旧社地に再建し、にぎやかな遷座祭を
  行った。
天樹院(千姫)をはじめ、武将や貴人、そのほか学者、詩人、歌人、俳人が
  多くこの神社を歴訪している。
江戸時代の画家、森狙仙筆「神式図」、森周峯筆「関羽図」、曽我蕭白筆「
  武者図」をはじめ、現代では棟方志功筆「鯤魚之図」等、すぐれた絵馬も
  多く奉納されている。

春の尉姥祭、夏の祇園祭、秋の神幸祭や例大祭にあわせて参拝し、周辺に
  ある史跡めぐりと、歴史散歩でありし日の面影をしのぶもよいと思う。
  (高砂神社公式HPより引用)


御祭神

   大己貴命(おおなむちのみこと)

 配祀
  素盞鳴命(すさのうのみこと)
   奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
 攝社
   尉姥神社(じょううばじんじゃ)
    伊弉諾命(いざなぎのみこと)
    伊弉册命(いざなみのみこと)

 末社
   住吉神社
  八幡神社
  神明神社
   春日神社
  稲荷神社
  少彦名神杜
   天満神社
  愛宕神社
  猿田彦神社
   琴平神社
  秋葉神社


謡曲”高砂”で有名な神社ですが、今の世代の人で、高砂や相生の松の
話を知っているのは少なくなっているのではないかと思いながら境内を
巡りました。
”偕老の契り”も元気な姿で迎えたいものですが、核家族化しているなかで
介護と向かい合うのが老夫婦だけという時代も寂しいですね!

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御神木”いぶき

樹齢千年を超える、御神木いぶき。
阿蘇の神主友成が上京途中に高砂の浦に立ち寄り、その時友成が杖にしていた
木を地面につきさしていたところ芽をふき、現在の「神木いぶき」として境内
にその姿をとどめている。

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相生の松

あるとき、1つの根から雌雄2本の幹をもつ松が境内に生えた。
この松は、尉(伊弉諾尊)と姥(伊弉冊尊)の2神が宿る霊松とされ、相生の松と
称された、という説があるが確証はないとされている。

初代相生の松は天禄年間に、2代目は兵火によって天正年間に枯死したと伝えられ
ている。
本多忠政がこれを惜しみ、遷宮の際に3代目の相生の松を植えたと言われている。
3代目相生の松は大正13年に天然記念物に指定されたが、昭和12年に枯死し、幹が
霊松殿で保存されている。4代目は松くい虫の被害により短命に終わった。
現在は5代目の松が枝を張っています


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能舞台
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工楽松右衛門

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工楽松右衛門。寛保3年(1743年) - 文化9年8月21日(1812年9月26日))
 日本の江戸時代における発明家、実業家。

 兵庫県高砂市に生まれ、兵庫(現在の神戸市兵庫区)で廻船業を経営するかたわら、
 帆布(松右衛門帆)を発明し、築港工事法を考案して、択捉島の埠頭や箱館のドックを
 築造した。
 これらの業績によって、日本の海運を支えた。高砂神社に松右衛門の銅像が建てられている
 


高砂の街中を散策

街中を歩いていても、買い物をする人も出会わず、静かな時間だけが過ぎ去り、昔、漁業や
海運業。そしてブライダルの街として華やかに賑わった記憶だけが残っているように思いながら、
古い街並みにカメラを向けていました。
 

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善立寺
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この記事へのコメント

  • tor

    高砂といえば
    こちらでは阿蘇神社ですね。
    以前高砂市の方と名刺交換した際に
    この話で打ち合わせもうまくいった思い出がありますよ。
    立派な神社もですが
    古い町並みが残っていますね。
    商店街の衰退はどこも同じですね。
    残念ですが・・・
    シャッターが下りた商店街を見ると寂しくなります。
    2020年08月25日 19:44
  • ポジティブオーラ

    torさん
     いつもありがとうございます。
     高砂神社の御神木”いぶき”の謂れが
     阿蘇の神主友成、という説明がありましたが、
     阿蘇友成を題材に、謡曲「高砂」が作られた
     話ですね! それだけに阿蘇神社と高砂神社
     は、深いつながりがあるようです。
     海運から陸運が主体になってから町の
     賑わいの場所も変わり、また生活様式の
     変化からも地元の商店街が廃れて行くのを
     見るのは寂しい事ですね。
     色々町興しの企画を立てているようですが、
     昔の賑わいを取り戻すのは難しいようです。
     本当に残念ですね!
     ありがとうございました。
    2020年08月25日 21:02
  • yoppy702

    高砂神社は、婚礼の時に謡われる「高砂」で知ってます。
    って、それだけでしか知らないんですけどね。(^^ゞ
    「少し以前」に行かれたという事は、最近の町並みですね。
    昔ながらの建物が、こんなに残っているんですね。
    素敵な町やなぁ…
    商店街も懐かしい香りが一杯。
    歩くだけで、なんか、ほっこりとしそうです。
    「相生の松」が「高砂」誕生の松ですね。(^^)
    これだけ立派な能舞台があるという事は、ここで、「高砂」が上演されたのかもしれませんね。
    2020年08月26日 00:02
  • ポジティブオーラ

    yoppy702さん
     いつもありがとうございます。
     高砂神社は謡曲「高砂」で知っている方も
     多いと思いますが、それでも内容まで
     知っている人は少ないと思います。
     私も全然知りません!
     高砂の西を流れる加古川の河口では、よく
     ハゼ釣りをしたり、高砂神社へも何度か
     お詣りしていますが、街中を歩いたことは
     あまりありませんでした。
     こうしてゆっくり歩くと昔懐かしい風情を
     感じられる建物が沢山ありました。
     その分、街自体が高齢化しているようで
     寂しさも感じられるのが気がかりでした。
     ありがとうございました。
    2020年08月26日 07:43
  • トトパパ

    こんにちは

    高砂ですか。
    いつも通過しかしないです。
    ゆっくり見れば、魅力的なところですね。
    古い感じがいいですね。
    商店街は寂れてますね。。。
    2020年08月26日 08:54
  • ポジティブオーラ

    トトパパさん
     今日は!
     いつもありがとうございます。
     高砂の名前は皆さん知っていても、実際に
     訪れる人は少ないように思います。
     人もいなくて寂れていく商店街の姿は
     残念ですが寂しいものがありますね!
     ありがとうございました。
    2020年08月26日 10:01
  • てくてく

    高砂神社さん、立派な神社さんですね。
    かっては、仰る様に「高砂や この浦船に帆をあげて・・・」で有名でしたけどねぇ。^_^:
    小倉百人一首にも「たれをかも知る人にせむ 高砂の松もむかしの友ならなくに」ってあるのに・・・
    十輪寺さんや古い家並、いいですね。
    かっては繁栄していた家並、なんか、もの哀しいしいですね。秋の夕暮れだと、もっと、もの哀しいかも知れませんね。
    2020年08月26日 14:02
  • ポジティブオーラ

    てくてくさん
     いつもありがとうございます。
     ある程度歳がいった人なら高砂や~の
     一節は聞いたことがあるでしょうが、
     若い人ではもう分からないかも知れないですね。
     百人一首に高砂の松の歌があるのは
     知りませんでしたが、この辺りは海岸線近く
     尾上の松とか高砂の松とか松の名所が
     知られています。
     昼間も人通りが少ないですが、秋の夕暮れ
     となると…どうでしょうか!?
     活気のない商店街は寂しいですね。
     ありがとうございました。
    2020年08月26日 15:31
  • y&m

    昔、釣り竿持って、あちこち走り回ってた頃に
    妻鹿まで行きました。走っても走ってもなかなか
    着かないのです(笑)。その時に高砂も通過した
    のですが、なんて遠い所なんだろうと思いましたよ。
    当時はまだ高速道も、整備されて無かったと思います。
    尚更ですね(笑)。それ以来、西の方には行ってません
    で、遠いイメージだけが残ってます。もう少しで姫路
    ですもんね。十輪寺の寺伝は、とても面白く読ませて貰
    いました。四国に左遷される途中で高砂に寄って、空海
    所縁の真言宗のお寺を、改宗してしまうってホンマ?って
    思いますが、そんなのがアリの時代でも有ったというこ
    とでしょうか。(^^♪ 私、無知でここが謡曲”高砂”で有名
    な神社とは全く知りませんでした。なるほど宗派を問わず
    日本の結婚式で謡れるわけですね。(^^♪ 商店街の風景は
    どこも似たり寄ったりで寂しいですよ。こんなのが商店街
    の定番になってしまいましたね。田町・今津町などまだ古
    い家屋が残っているんですね。私の子供の頃の旧堺・北旅
    籠町辺りにも、こんな風景が沢山有りました。
    懐かしい感じです。(^^♪
    2020年08月27日 11:58
  • ポジティブオーラ

    y&mさん
     いつもありがとうございます。
     妻鹿と言えば飾磨の手前ですね!
     大阪から単車で、高速も無い時代に走ると
     3時間以上かかったのではないでしょうか!?
     かなりの釣り好きですね!
     体も疲れて腰も痛くなったのではないでしょうか。
     法然さんが四国へ流される途中の遺跡は
     神戸でも知られていますが、配流の途中でも
     布教をしていたようですね。
     高砂の漁師との話も知られていますが、十輪寺
     の住職も法然さんの話に感化されて、真言より
     浄土が大事だと思ったのかも知れないですね。
     結構お寺の宗旨替えも多いようですね!
     高砂はかなり古い家屋が目立ちました。
     今も人が住んでいるのかどうか分かりません
     でしたが、人の気配が感じられないのは
     寂しいですね。 町興しも考えて対策をして
     いるようですが、なかなか難しいようですね!
     ありがとうございました。
    2020年08月27日 12:40
  • ミクミティ

    高砂はやはり古い町なのですね。特別な場所というイメージがあります。婚礼での響きもいいですよね。高砂神社はその象徴的な存在であったことでしょう。
    御神木のいぶきや相生の松を拝見していると、重厚な歴史を感じます。ここから育った多くの人材がいたのですね。
    確かに、人の少なさにちょっと寂しさを感じます。
    2020年08月29日 19:24
  • ポジティブオーラ

    ミクミティさん
     いつもありがとうございます。
     都市の栄枯盛衰と運輸の流れが大きく
     関わっているように思います。
     高砂は、海上運輸で賑わいましたが、陸上
     運輸が中心になった当初は国鉄線もあり、
     大変賑わったようです。
     ただ昭和59年に高砂線が廃止されて以降
     徐々に商店街の賑わいもなくなっていった
     様に思います。
     謡曲「高砂」も、若い人たちは知らない
     聞いたことも無いという人が増えている
     ように思うのが残念ですね!
     ありがとうございました。
    2020年08月29日 20:09
  • winga

    おはようございます。
    高砂は未開の土地。まだ行ったことがありません。
    随分歴史の濃い土地ですね。
    町並みも残っていて驚きました。
    ポジティブオーラさん、かなり歩かれたご様子。
    暑さは大丈夫でしたか?
    そこが心配です。

    古くからある寺院は何かを語っているようで、眺めるのが好きです。
    2020年08月31日 08:47
  • ポジティブオーラ

    wingaさん
     おはようございます!

     いつもありがとうございます。
     高砂は海運業で栄えたところですが、産業の
     形態、人の流れが変わった現代では少し
     取り残された寂しさが感じられました。
     古い街並みもこれから先の変化が気になる
     ところです。
     古い寺院は地域と共に存在するだけに、
     町の変遷をどのように見ているのか
     気になるところですね。
     昔のような活気が戻れば良いのですが!
     ありがとうございました。
    2020年08月31日 10:24