カタカムナ神社と平十字

まだ五月だというのに青天の暑い日が続いております。 そんな日差しの中 カタカムナで知られた金鳥山周辺を歩いて来ました。 阪急岡本駅で知人と待ち合わせて、保久良神社から金鳥山、風吹き岩から 横池を見て打越山、住吉谷、そして阪急御影駅というお決まりのコースを 歩きましたが、今日は膝の調子が悪く、かなりしんどい歩きでした! 保久良神社 ところで、今まで、カタカムナ神社だとか、平十字という猟師などの話は 架空というのか、その実体が全く不明でしたが、楢崎皐月さんの話から それらの情報について書いておられる方がいました。 それは、芳賀俊一さんという方が「直感本質宇宙 カタカムナの使い手に なる」という本で、楢崎さんの話と言うことで平十字について書かれています ので、少し引用したいと思います。 『楢崎さんは「カタカムナの図象符は平十字から写し取ったものである」と 書き残していますが、平十字と言う人物が本当に実在したのか、その存在を 証明するものはほとんどない。 楢崎さんがカタカムナとどこで出会ったかは、 はっきり言って不明なのです。・・・だから平十字はエネルギー体じゃないのか、 とか、楢崎は平十字と会っていないんじゃないかとか、・・・それは間違いです。 楢崎さんが書いた「日本の物理学」の第11講の中に、「平十字を慰労する会 について」という項目があり、「平さんから写し取ったものを我々がこうやって 利用させてもらっているので、平さんを呼…

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保久良神社とカタカムナ雑感

6日の日曜日は、朝から曇り空で雨の心配もありましたが、大阪の友人と 二人で保久良神社から金鳥山~風吹岩~打越山~五助堰堤~白鶴美術館 ~阪急御影駅 と、歩いてきました。 数年ぶりの保久良神社でしたが、少し様子が変わっていましたが、梅林の 梅の香りを存分に味わうことが出来ました。 今まで、保久良神社境内の樹林の中の磐座群には近づくことができなかった ように思うのですが、今回は境内参道脇から足を踏み入れることも出来るよう になっていました。 また、鳥居の横には、椎根津彦命が亀に乗った姿の像もありました。 そのお姿は、丁度、籠神社の倭宿禰像と似ているな・・と思っていました が、保久良神社のご祭神の椎根津彦と倭宿禰命は同一神ということ だそうです。 倭宿禰命(丹後一の宮、籠神社の説明引用) 倭宿禰命(やまとすくねのみこと)は海部家四代目の祖先です。 もとは「珍彦(うづひこ)」・「椎根津彦(しいねづひこ)」・「神知津彦 (かんしりつひこ)」・「槁根津日子(さおねづひこ)」と呼ばれていましたが、 神武天皇東遷の途次、明石海峡(速吸門)に亀に乗って現れ、神武天皇を先導し て浪速、河内、大和へと進み、幾多の献策により天皇を無事に大和へと導いた 大和建国第一の功労者として、神武天皇から「倭宿禰」の称号を賜りました。 倭宿禰命(やまとすくねのみこと)は倭国造であり、大倭国造の祖・大倭直の 祖でもあります。 倭宿禰命は大和の国で「倭大国…

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カタカムナの治療

手足の麻痺や凝りで臥床している病人を治癒する方法 として     カムナガラ  コヤミマチコリ     イヤシフセ  ウナジムナサキ     タナホオシ  タケシタシミチ     ハグミナリ 意味は    手足の麻痺や凝りで動けない病人を治癒させるには    ウナジとムナサキ(胸の上部)とを、両手ではさみ押し    すると良い 病人の延髄部と肺尖部に単に手を当てていても気持ちの よいものですが、さらにタナホオシすると内部で発熱し、 そのことがさらに良い効果があるということです。 最近では、体を冷やすことの害が言われ、体を暖めることで 病が治るとも云われています。 カタカムナの知恵では延髄部と肺尖部のはさみ押しで病人 の体の内部から熱が出てくることで自然治癒の力が強まる としています。 自分自身でこのような「はさみ押し」をしてみると、ただ単に 手をあてているときよりも、より繊細な注意が必要だと思い ました。 押す力が強すぎたり、押す頻度が早すぎると不快な感じに なるようです。 (注)・・・・・今までカタカムナの健康法を紹介してきていますが 皆さんの自己責任での検証をお願いいたしますことをお断り しておきます。

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カタカムナの遠隔治療

カタカムナでは遠隔治療についても示されてあります。 遠く離れた病人を治療する遠隔治療は、その効果の有無について 暗示的な効果と考えられることが多いように思いますが、気功の エネルギー療法などが良く知られるようになってからは遠隔治療に 否定的な意識のブロックがはずれてきているように思います。 古くは密教の加持祈祷なども遠隔治療と言えますし、レイキなど は(本者是正念)という呪文を使うと遠隔治療が出来るとしています。 カタカムナのウタヒでは     カムナガラ  トウツノネヤミ     イヤシフセ  アマノタナムケ     ヤチマタニ  タケシタシミチ     ハグミナリ 意味は   遠くにいる寝た病人を治癒させるには、施術する者が   四方の空に両手を伸ばして、両の手のひらを向けてやる   のが良い。 このようにカタカムナでは、ただ遠近にこだわらずに両手の掌を 向けてやるという単純な方法を示していますが、これは、病気の 主な原因を孤独感にあるとして、人々の接触が絶たれている ことでカムミの交流が少なくなっていることが病の原因と考えている ので、遠くにいて出かけることが困難でも、病人の快復を願い、 両掌をむけることで、病人の孤独感を癒し、さらに病人のアマ不足 を充足することができると考えているのです。 病人が自分のことを気に掛けて、病気の快復を願ってくれている 人がいるという思いが良い結果につながるのかなと思います。 …

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カタカムナの健康法

カタカムナの医療法はタケシタシミチの教えとして非常に簡単な 方法が示されています。 カタカムナ人の考える病とは、体内における電位差の分布構造 が乱れることによる結果だと考えています。 中国の経絡理論なども、人体に流れる微弱なエネルギールート の正常な働きが阻害されることにより、そのルートに対応する 臓器が不調になっていると考えて、経穴に刺激を与えてエネルギー をスムーズに流すことで病の改善が図られるとしていますが、 このカタカムナの知恵も同じようなことに着目しているように 思います。    カムナガラ オヘチノナヤミ    イヤシフセ タナマタカタメ    コトヤワセ タケシタシミチ    ハグミナリ 大意は 体がだんだん衰弱してゆく(オヘチ)悩みを治癒させるのは、病人の 手の指の叉を深く組み合わせて指圧し(タナマタカタメ)ながら、 病人の悩み事を良く聞いて慰めてやる(コトヤワセ)ことである。 本来、健康恢復する方法(タケシタシミチ)は当人のハグミ(生育)の ナリ(成り)・・・すなわち自己治癒力機能・・・にもとづくものである。 要は、指の叉を指圧することで、体内に新たな電界を生起させて 体内の電位差の正常化が図られることで病の改善がなされる という・・・・ ハンドセラピーなどでは、手のひらや甲、そして指の一本一本や 部位によって体全体の反射区として対応させて、押したり、もんだり さすったりしながら刺激を与えますが、カ…

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胸の上に両手をのせるカタカムナの知恵

タムカヒマという分離合掌に続いて体内の微弱電流を増幅すると いう方法が、カかカムナの中で「ムネニタナマタ」と云う言葉で表現 されています。(なんだか現代的な語感で古代にこのような表現が なされていたのか少々??ですが・・)    カムナガラ イブキオクソギ    カムミフキ ムネニタナマタ    イツキノリ アマウツシミチ    イヤミソギ 相似象学会誌での説明は 「胸の上に両手の指またを組み合わせてのせ、息吹を奥深く  身につける、腹式の深呼吸をして、電子正孔のカムミを  増幅させるイノリを続ける事は、生命の代謝物であるカムミ  を、身体に活性に収着させる、アマウツシの方法である」 (・・と書かれています。 私はなんとなくしか分かりませんが、 どうか皆様は直感で理解してくださいね) 具体的には このような感じでしょうか そして、この【ムネニタナマタ】を行う身体的な効果は、同じく 相似象学会誌では、「記憶が活性によみがえり、反省を容易に する効果が見られた」とされています。

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金鳥山

カタカムナ神社・カタカムナ文字。楢崎皐月・平十字・狐塚。 イヤシロチ・ケガレチの話などの言葉を聞かれた方も多いことと 思います。 カタカムナが人口に膾炙されるきっかけになった場所が、この 金鳥山だと言われています。 以前から何度も登っていますが楢崎皐月さんが平十字との 出会いのきっかけや出来事を話していますが、その話の 具体的な舞台は何一つ無い様に思います。 そして金鳥山は300Mほどの高さの山ですが、明確な頂上も 無い事でも知られています。 今日は狐塚でも見つかれば・・・と思いましたが・・・今は所在に ついては全く分かりません。 保久良神社から金鳥山へ階段状の山道が続いていますが、今日は その登り口で巳さん(アオダイショウ)が横切っ手行きました。 やはり今日は猛暑で日差しが強く、途中ハチの巣注意の看板に 注意しながら分岐点まで30分近くかかりました。 山頂付近? 金鳥山の山頂については良く分かりませんが、このあと三叉路の 分岐で右の上り道を風吹岩の方へと少し行きますと鉄塔があり、 その付近が山頂とも言われているようです。 ☆★☆★ ところでカタカムナのカムヒルメと云う製鉄法について 相似象誌に次のような解説が書かれています。    カムナガラ オロシホムロギ    カナメヤキ ホコネクシカネ    タルミタメ  カタシフキミチ    カムヒルメ この句の概要は「山頂から吹き降ろす強い風(オ…

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保久良神社から金鳥山へ

残暑が厳しい中、なにを思ったか、日頃の運動不足で眠った体を 目覚まそうと考えたのか、それとも暑さとストレスで頭がおかしく なったのか、35度を超す炎天下をものともせずに歩いてきたので あります。 阪急岡本駅の北出口から東へ向かい、鷺森八幡宮を参拝して から保久良神社参道を目指して歩きます。 このお宮さんは保久良神社の境外末社ということで 八幡さんなので、御祭神はもちろん応神天皇なのですが 天照皇大神と春日大神。そして多くの神さまも合祀されて おられます。 保久良神社参道入り口付近 この参道入り口から神社まで舗装された道をヒイヒイ言いながら 上りましたが、上からはお年寄りの夫婦連れが軽快に下りてこられ ています。 神社までは15分ほどの上りですが、ご近所の方たちが毎日登山など 手軽に楽しんでおられるお山です。 「灘の一っ火」として有名な灯篭が神社の鳥居の前から東灘の海を 見ています。 神社を取り巻く境内はヤマモモの樹木が多く、そして古代から信仰の 対象だった磐座が沢山見られ、不思議な空間を形成しています。 鳥居をくぐり本殿に向かう参道が一直線に伸びています 参道から二・三段高くなった境内奥に本殿があります 神社の由緒書き 境内の右手の末社   祓御神社  天照皇大神と春日大神を祭る 境内左手の磐座(立岩) この「立岩」のそばに立てられていた説明板に拠りますと     磐座 古代祭祀…

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カタカムナのハンドパワー発現法

前回、水晶の浄化法について書きましたが、浄化の程度は 手から出るエネルギーにより、いくらか効果に違いがあるのでは ないかと思います。 そこで手から出るエネルギー・・・・つまりはハンドパワーなる エネルギーを増幅する簡単な方法が・・・・つまりは生命力、健康 の増進・保持についてカタカムナのアマウツシミチとして色々と 示されているようです。    カムナガラ  ヲスヒナリウケ    カムミマギ  カムミイヤマヒ    イツキノリ  アマウツシミチ    イヤミソギ  (祈りや禊がカムミを身につけるアマウツシの方法である   との示し)       カムナガラ カムミタカマル    タムカヒマ アハセイハフネ    イツキノリ アマウツシミチ    イヤミソギ  (カムミを増幅させるにはタムカヒマを行いながらの祈りが   有効な方法であるとの示し) この【タムカヒマ】の方法がハンドパワーのエネルギーを増幅 (カムミタカマル)するということで これはひとことで言えば、つまりは        ・・・・ブンリガッショウ(分離合掌)・・・・です 手と手を合わせるのでなく、少し隙間をあける (タムカヒマ) この隙間をあけることでエネルギーの増幅がおこると言っている のですね! そして、この【タムカヒマ】の効果について    カシラ ハラ    ヤクサイカツチ ウツシミチ    ヒダリ ミギリノ    …

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カタカムナと古事記の神々Ⅱ

カタカムナのウタヒにさらに神々の名前が見られます。 (10) メグル マノ ミナカヌシ タカミムスビ カムミムスヒ     オノコロシマ カムナホグ アメツチネ ハシマリ (13) スヒチニ ツヌクヒ イモイククヒ オホトノヂ     イモオホトノベ オモダル イモアヤカシコネ イサナミ イサナギ     トヨカブシヌ ウキフヌ マカハコクニ (30) トヨクモヌ フツサカルツミ フトナシメシ ウタマリタバネ     カブシウキフヌ メグルマリ ウヒチニホロシ カタカムナ     タカマカムスビヌシ イモイククヒ カミワクサトリ (31) カタカムナ オホトノヂ カムミムスビ イモオホトノベ     マクミワクタマ イモカラミマクミ トノヘシ カタカムナ     サカキメグリノ カムヤタマリ オモタルヌシ シヅマリヌ     クニヌシ (36) カムナガラ オホワタツミ カハウミワケ イカツ アワナギアワナミ     カタフトムスヒ オホトノヂ アメノミクマリ クニノミクマリ     ツラナギメグル トヨツラナミ ・・・・まだまだカタカムナのウタヒの中に古事記に見られる神々の 名前が見られます。 そしてその神名は単なる象徴ではなくて、その コトバのなかにカタカムナ人の直感が捉えた意味があるようです。 たとえば、イサナミとかイサナギというのは、勿論伊邪那美神、 伊邪那岐神のことと思われます…

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カタカムナと古事記の神々

カタカムナ文献の解読に於いて、楢崎皐月氏がヒントにしたのが 古事記の記述だそうで、「古事記がなければ、その解読は不可能 だった」と後日語っていたそうです。 楢崎氏が直感で、カタカムナ文献と古事記の関連性に気付か なければその解読は難しかったということで、古事記に書かれた 神名や土地名などが重要な鍵を握っていたことがわかります。 [古事記上巻]        天地初めて発けし時、高天の原に成れる神の名は、     天之御中主神。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。     此の三柱の神は、並独神と成り坐して、身を隠したまひき。     ・・・・ [カタカムナのウタヒ] (七) マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムムスヒ     ミスマルノタマ (八) ウマシタカカム アシカビヒコ トコロチマタノ トキオカシ (九) アマノトコタチ クニトコタチ アメクニカ      ソコソギタチ  カタカムナ マノトキトコロ トコタチ ・・・このようにまだまだ多くのウタヒの中で古事記との関連が   見られます。 ちなみに第七首の意味を関川二郎氏の研究から写させて頂く と、大意、次のような意味になるそうです。   七種類のヤサカノマガタマに表現されるフトヒ(全ての天体を   生み出す太いワレメ)から発展した大宇宙球の、目には   見えないかくれ身の主がアマノミナカヌシである。   現象界の素量(ミ)を産み出す(…

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カタカムナあれこれ

楢崎皐月氏が神戸の金鳥山での不思議な体験からカタカムナ 神社のご神体とされる巻物を書き写したとされているのですが、 その時の体験談を後継者の宇野多美恵さんに語っていたようです。 楢崎皐月氏にカタカムナのことを語ったのは、金鳥山で穴居し付近の 電位測定・研究?をしていた楢崎氏らのもとに、不意に現れた 平十字と名乗る猟師なのですが、その平十字は昼間、不意に 現れて、付近の地形を説明したり、現在の天皇家の祖先である 天孫族とカタカムナの神を祭る一族の主アシアトウアンとが戦い、 アシアトウアンが敗れて九州で没したと話た。 またある日、平十字は楢崎に宝物を授けるといい、「明朝、ドロ カエシの沼の上で、小鳥が九十度方向を急転換するから、その 真下を掘れ」と指示。 そしてその通りのことが起こり、実際に 掘ってみたら黒い珠が出てきた。 また、楢崎はこの土地の習慣に従って金鳥山中の狐塚と呼ばれる 塚にお供えをしていたが、そのお供物がいつも、あっというまに なくなってしまうことに気づいた。 いったい誰の仕業かと四六時中見張っていても、いつのまにか 無くなってしまう。 あまり奇妙なので、なるべく取りにくいものをと、半紙に水飴を ベットリとつけたものを供えてみた。 しかし紙は破られずに、いつの間にか水飴だけきれいに舐められて しまうということもあった。 楢崎は、このことを平十字に話すと、「あれは俺がやったんだ」と 言う。 「しかし姿が見えなかったではないか…

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カタカムナ再び

以前はよく見かけたカタカムナ関連本を最近はトント見かけなく なりました。 新刊はもちろん古書店でも見かけませんし、アマゾン での古本も高値で出ているようですね。 カタカムナの潜象学とか相似象学という研究学会の指導者も 後継者がいるのかいないのか、わからないです。 風聞でしか分からないのですが、楢崎皐月氏の後継者の宇野多美恵 さんも亡くなっておられるようですね。 カタカムナのサトリと言われるカタカムナ文献?を読み解くのは 直感力にすぐれた人でないと無理なようで、楢崎氏の研究会には 東大卒など高学歴の優秀な人達が多かったそうですが、楢崎氏 が後継者に指名されたのが宇野多美恵さんだったということです。 私も中高生頃には金鳥山の麓に住んでいたこともあり、よくこの 山にも登っていたのですが、カタカムナの内容はちんぷんかんぷん でした。 これは今も同じで何も分からないのですが、最近また気に なりだしました。 そんな中で最近見た書物での話ですが、楢崎皐月さんが日本全国 の土地の電位測定のなかで、土地の電位が一番高いとされたのが なんと、なんと、奈良の三輪山・・・だったそうです。 それによると、私は全然わかりませんが、波動量というものがあり、 この三輪山は、その波動量が六十七という数値だそうです。 これが、もともとの山が持っているものなのか、古代人の作った 磐座構造がそのようなことになっているのか、それともこういう高電位 の土地を選んで神祀りをしてい…

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保久良神社~金鳥山(カタカムナ)~十文字山

以前、東灘に住んでいた頃にはよく登ったところですが、その当時は 保久良神社→金鳥山→風吹岩・ロックガーデン→芦屋川というコース を歩いていました。 今日は、阪急岡本→鷺宮八幡→保久良神社→金鳥山→十文字山 →弓弦羽神社→阪急御影と歩きました。 (約3時間半) 鷺宮八幡は保久良神社のお旅所だそうで、 御祭神は 天照皇大大神        八幡大神        春日大神 かっては、この辺りは大きな樹が沢山あったそうですが、次々と伐られて、 現在はこの樹のみが残っています。 都会の神社は、宅地の開発とともに、神社の杜も無くなり、殺風景に なるだけでなく、神社のエネルギーも減少しているようで寂しいですね。 ここから坂道を登り、保久良神社へ向かいますが、散歩がてらに 保久良神社に行かれる方とよく出会います。 実際神社付近(標高185米)では、体操されている方を何人も 見かけました。 灘の一っ火 燈明台・・・古へより、毎夜近在の人々が交代で火を点じ、近海を渡る 船舶の航路の安全を祈る。 海上平安を願う祖神の意志を継承し 灘の一っ火として尊崇されている。 現在は埋め立てがすすみ、海岸線が沖合いまで後退していますが、今も 毎夜、北畑天王講の人達が交替に御神火を絶やさず伝統を守っておられる そうです。 保久良神社 社歴は不明ですが、石器時代より弥生時代に至る遺物が付近より 出土しているそうです。 この付近では芦屋の会下山遺跡などの…

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