神戸のビリケンさん松尾稲荷神社

湊川神社参拝と宝物殿の見学を終えたころ、丁度お昼時 でしたので、湊川神社近くのビリケン倶楽部というところ に入り、カレーを食べました。 (このビリケン倶楽部さんのことは、神戸の事をいつも 詳しく丁寧な記事にされている、アルクノさんのブログで 知りました) 店内にはビリケンさんの像や絵、人形などが飾られています。 カツカレーを頼みましたが、最初フルーツの様な甘さを感じ、 甘口? と思いましたが、食べているとじんわりとスパイスが 効いてくるようで、食べ飽きないスッキリした味で、美味しく頂き ました。 マスターも気さくな方で、神戸のビリケンさんについて色々教えて 頂きました(有難うございます!) ところで ビリケンさんは幸福の神様と言われ、1908年、アメリカの女性 芸術家 フローレンス・プリッツが「夢の中で見た神様」をモデル とし制作した作品が起源だそうです。 大阪の通天閣に置かれたビリケンさんが日本では有名ですが 神戸では、神戸市兵庫区の松尾稲荷神社に、大正初期に 作られたビリケン像が祀られています。 ・・・・という事で、後日、新開地駅で下車し、旧湊川跡の新開地 本通り商店街を南に下り、国道二号線を越えて、昭和レトロな 空気が残る東出町の松尾稲荷神社を目指しました。 その前に、湊川公園の大楠公像にご挨拶 (すぐ後ろで区役所の建替え工事中でした) 新開地付近の地図 松尾稲…

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湊川神社宝物殿

一月も半ばを過ぎ、お正月気分も薄らいだところで、昨年末に 参拝しました湊川神社へ改めて参拝して来ました。 本殿では、近所の保育園の園児が手を合わせていました。 本殿内の天井画 正成公の旗印? 大楠公と一族郎党自害の地 楠木正成は和田岬に陣を敷いていた新田義貞との連携を分断 されたのを知り、決死の戦いを挑み、一族郎党700余騎を引き 連れ、足利直義の軍勢に突撃を敢行。 6時間に及ぶ合戦の末、正成と正季は敵軍に16度の突撃を行い、 楠木軍は次第に数を減らし、ついに73騎になっていた。 疲弊した彼らは湊川の東にある村の民家に駆け込み、正成と 正季は刺し違えて自害し、残りも皆自害した。 また、このとき菊池武吉が兄菊池武澄の使いで須磨口での戦い の様子を見に来ていたが、彼は正成の自害する場に行き、 見捨てることができないことを理由にともに自害。 (ウィキペディアより引用) 1336年7月4日(建武3年5月25日)。享年は42歳前後だった ということです。 大楠公のお墓と水戸光圀像 明治天皇御製 湊川懐古      あた波をふせぎし人はみなと川               神となりてぞ世を守るらむ で、湊川神社の詳しい説明は省かしていただき、今日は宝物殿を 見るのを楽しみに来ています。 木曜休館。拝観料 大人300円で入館。 …

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傾斜ベッド療法

これから紹介させて頂く内容の真偽は不明ですが、 大変興味深い内容です。 ネット内のフェークな話題かも知れませんが、特に大きな 問題になるとも思われませんので書かせていただきます。 ///////////////////////////////////////////        (以下の内容はネット情報からの引用です) 【参考になった樹液の循環システム】 それは、機械工学を専門とする英国のアンドルー・フレッチャー氏 が1990年代半ばに開発したIBT(Inclined Bed Therapy)、 すなわちベッド傾斜療法というものです。 必要なものは、コンクリートブロック、レンガ、材木、電話帳など、 丈夫で厚みのあるものならなんでも構わない。 IBTは、頭が高くなるようにベッドの脚を持ち上げ、傾斜させて 寝るだけの健康法です。  だが、その効果は絶大で、 循環器や呼吸器の病気をはじめ、 糖尿病、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症(MS)、 脊髄損傷、脳性小児まひ、静脈瘤、慢性静脈不全、下腿潰瘍、 乾癬、不整脈、不眠症、偏頭痛、浮腫、頻尿など、 さまざまな病気が改善するとされる。  1997年の国際フェアで注目を浴びるようになったIBTは2000年、 健康改善に大きな効果をもたらす健康法としてイギリスのテレビ ニュースでも報道されました。 そのなかで、背部損傷でほとんど足を動かせなくなり、…

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”お大師さまへの手紙”を出しませんか?

大師と名の付く高僧は多いのですが、”お大師さん”と親しみを 込めて呼ばれているのは、弘法大師さんだけですね その弘法大師は、今から1200年程前に、高野山奥の院の 御廟で生身入定され、現在も瞑想されていると信じられて います。 弘法大師は、その生涯において 【虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば 我が願いも尽きん】 という願いを抱いて生きておられましたが、それは入定されたのち、 より純粋に強く強く願われているのではないかと思われます。 それは、宇宙の意識である、大日如来の意識 つまりは、大日如来は、万物を生成化育することで自己を現成し、 如来の広大無辺な慈悲は万物の上に光被してやまないとされる。 三世(過去・現在・未来、前世・現世・来世)にわたって常に説法 している。  その万物を育て、無辺の慈悲の心を抱いて、お大師 さんは、今も働き、全ての人の声を聴いてくださっている・・・・ のではないでしょうか? その様な事があってかなかってか、全く知りませんが、 高野山奥の院では    『お大師さんへの手紙』 を 受けとって頂けるそうです。 ☆彡『お大師さまへの手紙』ホームページには、 【お大師さまに手紙を書きませんか!】という案内が有ります ので、紹介します。 生きていくという事は、全てが順風満帆に進むわけではなく、まして 生まれてこの方、悩みなど感じたことも無いという人は皆無では ない…

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頼政薬師

山陽電鉄須磨寺駅すぐ近くの住宅地に囲まれ、目立つことなく、 参拝する人も少ないところです。 特に阪神淡路の大地震で堂塔が倒壊したために お寺を建て直したそうですが、一見、普通の住宅の様に 見えてしまいます。 山号を上野山といいます。 須磨寺の末寺で、西須磨の旧家前田氏の建立と 伝えられている。 ご本尊は聖徳太子作の薬師如来でその両脇に 小振りですが十二神将が護っています。 久寿の頃(1154~1155)源三位頼政が再興したことから 頼政薬師といわれている。 本堂と脇士十二神将は尼崎藩主青山氏の寄進と伝えられ ている。 西須磨地区は尼崎領であった。 明治以前浄福寺では毎年1月8日に薬師統人といって この里に集まる儀式があり、座敷に松竹梅の三宝を飾り その上座には薬師如来をまつり全員がかみしもを着用し 謡曲で興がそえられた。 この儀式に参加することではじめて村人と認められた。 夜には鬼追式が行われ、鬼踊りと称して仮面をかぶった 鬼が里人を狂ったように追い回したという。 この鬼追い式は非常に有名で当時の須磨一番大事な祭り であったと言われている。 最近は形を変えてこれらの伝統行事が受け継がれ、西須磨 協議会会員が中心になり、同じ1月8日に西須磨地域の 繁栄と家内安全を祈願している。 平成7年(1995)1月17日午前5時46分に起きた阪神・淡路 大震災で倒壊した本堂は平成11年11月再建された。…

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生田神社 初詣

お正月の三が日を過ぎ、少し落ち着いたところで、三宮の 生田神社へお参りです。 一月の四日ということで、参拝者で参道が埋まるという こともなく、程よい人の流れで、スムースなお参りが 出来ました。 昨日は地元の神社にお参りしましたが、そちらは お参りする人もまばらで、普段と特に変りもなく少し寂しい 感がありましたが、流石に神戸の中心地を代表する 生田神社には華やかさがありました。 生田神社の本殿です。 ご祭神は 「稚日女尊」(わかひるめのみこと)。 伊勢神宮内宮にお祀りされる天照大神の和魂 あるいは妹神と伝えられ、稚くみずみずしい 日の女神様であり、物を生み育て万物の成長を ご加護する神様 また、 アマテラス大神に仕える機織りの神さまで、 “若くみずみずしい日の女神”という意。 糸と糸を織りなす神さまであることから、人と人を 結ぶ“縁結び”の女神として信仰されています。 拝殿内には 住吉神社   海上安全・交通安全の神 【御祭神】 表筒男命 中筒男命 底筒男命 八幡神社   厄除け 開運 【御祭神】   応神天皇 諏訪神社   農耕狩猟・武運長久・力の神 【御祭神】 武御名方命 日吉神社   農工業・五穀豊穣の神 【御祭神】 大山咋命 が、拝殿内の左右にお祀りされています …

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亥年の摩利支天

平成31年の新年を迎え    みなさま  明けまして おめでとうございます! 昨年は多くの方に訪問頂き 本当に有難うございました ! 初めての出会いや、コメントも有難く感謝しております 今年もマイペースの投稿になりますが 宜しくお付き合いお願い頂ければ嬉しく思います 今年は清々しい朝日が見られました 大阪湾上の新年の朝日の写真でご挨拶させて頂きます ////・・・・・・////  今年の干支は、【いのしし】ということで 亥年(生まれ)の守護尊天として、摩利支天の話です ・・・折しも昨年末(30日)の地方ニュースで 来年の干支、イノシシにまつわる神が今年の厄を払う。 初詣でもにぎわう四国霊場第85番札所の八栗寺で 摩利支天像が発見され、来年の三が日限定で御開帳 される。 五剣山の中腹に位置する四国霊場第85番札所・ 八栗寺(香川・高松市)。 本堂に安置されているのが発見された「摩利支天」像。 江戸時代中期以降の作りとみられ、高さは15センチほど。 3つの顔と6本の腕を持ち、来年の干支イノシシに またがって災いを避ける厄除けの神として信仰されている。 ・・・というタイミングの良い話もありました 私も、昨年末に神戸の湊川神社で、摩利支天信仰の 武将、 楠木正成公に参拝したこと。 それと亥年の…

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湊川神社と摩利支天

今年もあとわずかになりました。 皆様にはどの様な一年だったでしょうか? 少しばかり気が早いのですが・・・・・ (早い行動力が気・運を動かしますことを願い) 来年の干支が“亥”という事で、イノシシに乗り、猪の様に 迅速に行動する事で、開運勝利・護身蓄財に大きな 働きをされます、摩利支天さんにお参りして来ました。 摩利支天は、元来バラモン教の神が仏教に取り入れられ、 仏教を守る、護法善神として天部に位置づけられたものです。 今回参拝しました神戸の湊川神社ですが、実は何処にも 摩利支天は書かれてはいないのですが・・・・・・!!!! 湊川神社 後醍醐天皇の為に忠義を尽くして働き、この地で 足利尊氏に敗れ自害した、楠木正成(大楠公)の神霊を 主祭神とし、子息の楠木正行(小楠公)および湊川の戦い で斃れた一族十六柱と菊池武吉の神霊を配祀。 戦後になって大楠公夫人久子の神霊も合祀されています。 また、神戸七福神霊場では、毘沙門天(多聞天)の霊場として 知られています。 それは、正成公の母親が毘沙門天が口に飛び込む夢を見て 生まれた子が正成(幼名 多門丸)ということから毘沙門天の 霊場とも言われます。 では、摩利支天との繋がりや如何に?という事ですが・・・・・・・・ それは、楠木正成公が、自身の兜の中に摩利支天の小像を入れて 勝運勝利・迅速果敢・護法護身を祈り、日々の命懸けの戦闘に 臨んでいた…

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神戸西区の顕宗・仁賢神社

ここ最近、風邪を引き、ずっと咳が止まらない状態です。 夜、床にはいると咳がよりひどくなるので眠れず困ります。 ただ熱が出ていないのが幸いですが、ブログ更新も出来 ません。 それで ずっと以前に記事にしたものの再掲です。 時期も10月ごろの記事ですので、今の季節感とは 少し違いますのでご容赦下さい(コスモスなど) 小さな神社ですが、気品が感じられるところです! 神戸市西区の木津に祭られています神社ですが、23代顕宗 天皇(弟) 24代仁賢天皇(兄)がお祭りされています。 雄略天皇から逃れるため顕宗・仁賢兄弟が幼少時、押部谷の 忍海部造の細目の家にかくまわれていたという伝説に由来が あると思われ、別名木津の宮、紫の宮とも呼ばれているところ です。 神社はのどかな風景の広がる中にあります。 遠景のなかに見える左手の茶色い建物は、農村歌舞伎の 行われるところのようです。 顕宗天皇・仁賢天皇とこの土地のつながりについての伝説が あります。(ウィキぺディアより参照) 安康天皇3年10月1日(456年11月14日)父市辺押磐皇子が 雄略天皇に殺されると、兄の億計王(後の仁賢天皇)と共に 逃亡して身を隠した。 丹波国与謝郡(京都府丹後半島東半)に行き、後に播磨国 明石や三木の志染の石室に隠れ住む。 兄弟共に名を変えて丹波小子(たにわのわらわ)と名乗り、 縮見屯倉首(しじみのみやけのお…

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須磨の勝福寺

東須磨の山手、小高い山の掛け上がりという地形の ところに勝福寺があります。 参道 昔は東須磨の海まで一望出来たと思われるような 場所であり、裏手の山には四国八十八か所の石仏 巡りが出来る様になっています。 また、須磨アルプスのハイキングコースにつながる 山道も有ります。 この勝福寺の縁起は、 桂尾山勝福寺は真言宗高野派高野山如意輪寺末で、 本尊は聖観音菩薩。988(永延2)年、太政大臣藤原伊尹 の三男、英雄丸が高野山で修行中、摂津の国神撫山 (今の高取山)鹿松峠附近に出没する鬼人を平定せよとの 勅命を受け、証楽上人と名を改め、山麓に草庵を設けた。 そこで日夜修法を行い祈願退散したことがこのお寺の はじまりとされています。 開山当時は7堂伽藍、36坊を有する大寺院であったが、 山津波や戦火に遭い、堂塔、宝物などを失い、現存する のはわずかに山門と本堂、庫裏のみとなっている。 (本堂は、昭和13年の阪神大水害で倒壊したが、平成 21年に再建されました。) 本堂 庫裏 平清盛寄進と伝えられる国指定重要文化財である 密教法具、また、清盛の築島供養の幡や松王丸の 手紙と称する文書、平知章の甲冑も所蔵しているそうです。 (それぞれ閲覧は不可) 毎年1月7日には追儺式が行われています。 勝福寺裏手の山には室町時代は松岡城というものが あったと言われています。 観応の擾乱といわ…

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須磨寺奥の院

今迄あまり行くことのなかった、須磨寺の裏山へ! 裏山には奥の院のお堂があり、上がっていく道筋には 十三仏の仏さんと、七福神さんの小さな祠があります。 毎週の日曜日には信者さんも多くお参りに上がるよう ですが、今日は平日でもあり、出会ったのは3人ほどでした。 奥の院の山 奥の院お参りお札(十三仏と七福神) 護摩堂の横から奥の院の参道へ 不動明王   ノウマク サンマンダ バザラダンセンダマカラシャダ    ソワタヤ ウンタラタ カンマン 釈迦如来   ノウマク サンマンダ ボダナン バク 文殊菩薩 普賢菩薩   オン サンマヤ サトバン 地蔵菩薩   オン カカカビ サンマエイ ソワカ 弥勒菩薩 薬師如来   オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ 観音菩薩   オン アロリキャ ソワカ 勢至菩薩   オン サンザンサク ソワカ 阿弥陀如来   オン アミリタテイセイ カラウン  阿閦如来   オン アキシュビヤ ウン 中腹で布袋尊のお出迎え 大日如来   オン アビラウンケン バザラ ダトバン 虚空蔵菩薩と高野山遙拝所   ノウボウ アキャシャキャラバヤ オン アリキヤ   マリボリ ソワカ 奥の院お堂 お大師さん   南無大師遍照金剛 お助け地蔵 大神摩天龍 …

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火渡り・須磨寺柴燈護摩

一週間前からぎっくり腰で困っていました。 最初の2日間は立ち居振る舞いが出来ないくらい酷く 起き上がるのにも時間が掛かる状態でしたが、その後 何とか動けるようになったものの、左腰の痛みがひどく、 時に一人で”イタイイタイ”などとつぶやきながら生活 していたためにブログの更新も出来ませんでした。 一昨日辺りから少し動けるようになりましたので、今日は 須磨寺の柴燈護摩と火渡り行を見物に行って来ました。 この行事もすでに8回目になるそうで、境内は多くの 参加者と、それを見る見物人やカメラマンで賑わって いました。     柴燈護摩 午前11時から行者衆が本堂で法要を済ませた後、 法螺貝の音を響かせながら野外にしつらえた護摩壇 の場へ入場。 行者衆には、行者装束を身に着けた稚児行者も混じって います。 柴燈護摩作法  式衆が道場内に入ると、色々な儀式が行われます 九字法  床堅作法  法斧作法  法弓作法   法剣作法  点火作法  願文奏上  などの儀式が 続きます 法剣作法 法斧作法 法弓作法 点火    火渡り行 火渡りは、正式には火生三昧耶法。 火生三昧は心を静めて一つの事に集中し、身体から智慧 の火を生じるような状態をいいます。 密教では、お不動様と一体となった状態をいいます。 智慧の火によって煩悩を焼き尽…

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平清盛生誕900年IN須磨寺

永久6年(1118)1月18日に生まれた平清盛。 2018年は生誕900年という記念すべき年でもあります。 そんな清盛生誕のイベントが、ゆかりのある宮島(広島県)や、 神戸(兵庫県)で開催。 神戸は大輪田泊改築整備や福原京など、清盛と大変ゆかりが 深い処です。 そして『平家にあらずんば人にあらず』と言われるほどの栄華を 誇った平家一門も、清盛の死以降から、その栄華にも翳りが見 えだしますが、神戸生田の森、須磨一の谷にかけての源平合戦 でも知られるように、その滅びの舞台も神戸と、平家との繋がり の深さが分かります。 平家が勢力を持ちだしたころから滅亡まで、神戸の地が深く 関わっているのですが、現代の神戸人は関心が薄い様に思わ れるのが残念です! 須磨寺は、平敦盛の菩提寺という事で、清盛生誕900年の 催しに参加しており、今日11月12日は須磨寺の僧と赤間神宮 の神主さんによる法要が本堂で行われていました。 山口県の赤間神宮は、安徳天皇はじめ、平家一門の菩提を 弔っています。(神仏分離以前は、阿弥陀寺として知られ、 明治8年に赤間宮になっています。) ちなみに、平家納経などで知られる、安芸の宮島、厳島神社等々 では一年間かけて、色々な催しが行われているそうです。 須磨寺本堂での法要の様子 赤間神宮の神主さん 須磨寺管長の挨拶 境内諸々 …

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宇陀の墨坂神社から曽爾高原

今から20数年前の職員研修で相部屋になり、1週間ほど 奈良で生活を共にした四人。 今は皆共に退職して年金で 細々と暮らしていますが、年に一度会うのを楽しみにしている 様な知人がいます。 例年なら春頃に会う事が多いのですが、今年は私の 家内の入院手術などで時間が取れず、この季節になって しまいましたが、会う日取りを決めるために連絡を取ると、 その内の一人が先月末に亡くなっていることが分かり 本当に驚きました! 日頃は、年賀状だけで、特に連絡することも無かったために 分からなかったのですが、奥様の話では癌だったそうで、 余り苦しむことも無く亡くなったという事でした。 今迄持病があるような話を聞いたことも無く、競馬とお酒 好きな男でしたが、同年代の仲間と会えなくなる寂しさを 感じさせられました。 その為、今日は残った三人で会う為に宇陀の榛原まで 行きました。 榛原は、毎年会って食事をしたり、温泉に入ったりドライブ した思い出の場所として、この日は三人で待ち合わせ しました。 待ち合わせ時間より、早く着きましたので、近くの 墨坂神社までお参りして来ました。 墨坂神社は二度目の参拝です! 榛原付近地図 墨坂神社遠景 祓い戸社 拝殿と絵馬 墨坂神社由緒(神社HPより) 御由緒 日本書紀の、神武天皇即位4年春の詔に「乃立霊畤於 鳥見山中、其地号曰上小野榛原・…

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海神社(神戸・垂水)

垂水漁港に立つ大きな鳥居がこの神社の性格を 示しています。 神社の名前からも海、漁業、船運などにに関連して いることが分かります。 通称では”かい神社”と呼びならわされていますが、 正式には”わたつみ神社”というそうです。 (境内から漁港方面をみたところ) (国道2号線から境内を見たところ) 由緒 今から千八百年前くらいの昔、神功皇后が三韓よりの 帰路、暴風雨のため、どうしても御座船を進めることが できなくなりました。 皇后御みずから綿津見三神をお祭りになり、御祈願され ましたところ、たちどころに風波がおさまり御無事に都へ 御還りになりました。 その時神功皇后が綿津見三神をお祭りになったところに 御社を建て、御神徳を仰いだのが鎮座の由来であります。  この御神徳により、航海安全・漁業繁栄の神として 仰がれることはいうまでもなく、さらに当地が海上陸上を 問わず、古代交通の要地であったことから、交通安全の神 としても仰がれております。  又海は万物をはぐくまる所、綿津見大神の娘 豊玉姫尊 は彦火々出見尊に嫁がれて、皇室の親である鵜鶿草葺不合尊 をお産みになりました。 そのとき大変安産であったところから、安産の神でもあり、 彦火々出見尊は満珠干珠の霊力によって水をつかさどり、 厄難を去る神であるところから、水産業・農業をはじめ水に よって生計を立てる人の守護神であり、開…

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五色塚古墳

山と海の街神戸。その明石海峡を望む垂水の高台に 五色塚と呼ばれる大きな古墳があります。 JRの垂水駅を西に歩き商大筋に突き当たると、狭い 坂になった道筋を上って行った住宅街の中を歩きます。 すると、明石大橋や淡路島がマジかに見える広々と した空間に、五色塚古墳のどっしりとした後円部が 見えてきました。 垂水駅付近 子安地蔵尊 五色塚古墳 古墳の入り口は、更に西側にぐるりと回った処に ありましたが、その手前には小壺古墳と呼ばれる 墳丘が見られます。 五色塚(千壺)古墳 五色塚古墳は淡路島を望む台地の上に築かれ、全長194Mの 前方後円墳です。兵庫県下では最大の大きさです。 築造時期は4世紀の終わり頃だそうですが、多くの古墳同様 被葬者については分かっていないという事です。 古墳の縁取りのようにして置かれた円筒埴輪(模造)が 壮観ですが、形象埴輪が一つも見られないのが素朴さ でもありますね。 この様な大規模な土木工事には長い年月と、多くの農民? が働いたものと思いますが、被葬者のことなど含め、なにも 伝説の様な話が伝わっていないのが残念です。 前方部の葺石  黒く見える葺石は古代からのものですが、後円部に続く  白っぽい葺石は、復元時に新しい石を使っています。  古代の葺石は、淡路島より海を渡って運ばれたことが  分かっています。 前方部からの景色 すぐ下…

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お大師さん縁日・須磨寺

毎月20日・21日は弘法大師の縁日ということで、真言宗の 寺院では特別な日になっています。 京都、東寺では21日の骨董市が良く知られており、沢山の 店が出て、骨董好きでなくとも楽しめる日になっています。 神戸の須磨寺でも昔から毎月の縁日として、屋台も沢山出て 賑わっていたのですが、最近は少し変わって来ているようです。 今日は、快晴の秋晴れに恵まれ、暖かくもありましたので、 縁日の様子を見に行きました。 ・・・縁日の日に須磨寺に参拝するのは久し振りでしたが、 私の記憶にある昔と比べ、随分人出が少なくなっており、 その為か、屋台の数も減っていて寂しい参道・・でした。 十数年以上前には、山陽須磨寺駅から須磨寺商店街を 通り、須磨寺につながる参道には多くの老若男女で、 大変賑わっており、屋台も沢山出ておりましたが、最近は 当時の二割ほどの人出の様に思いました(個人的感想です!) 人出が少なくなると、屋台も商売にならないからか、どんどん 減っていました。 私自身が感じるところでは、境内のお堂が改築されてどんどん 綺麗になって行くにしたがって、お寺の雰囲気も変化し、昔の 風情になじみ、好きだった人が沢山いたのではないかと思います。 その様な人には、綺麗になった境内が物足りなく、御利益も 感じられないということもあるのかも知れません。 私も、昔の本堂や、境内の方が好きだった一人ですので、つい このように…

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須磨寺音楽法要「夜音]

10月8日祝日の夜。 須磨寺で音楽法要『夜 音』という 催しが行われました。 今年で何度目の開催なのか? 分からないのですが、 秋の冴え渡った夜の空気感が満ちている境内には、多くの 参拝者が見えていました。 須磨寺一弦琴の「青葉の笛」の演奏から始まり、真言宗と 天台宗の僧侶の声明。 般若心経。  須磨寺副住職の読む願文には、敦盛菩提寺としての、 敦盛法要、天災人災からの国土の平穏祈念、そして参列者の 家内安全・無病息災などが祈られていました! そして、特別音楽法要 で、『神 紗』というグループによる、和楽(笛・太鼓・舞)の 迫力ある演奏を楽しむことが出来ました。 当日の写真です・・・・・・ 敦盛の青葉の笛 敦盛像 平家の赤旗(六字名号) 夜6時から8時過ぎまで、楽しい秋の一夜でした。 (このお月さんは少し前の写真です)

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日本のピラミッド葦嶽山

こちらも、磐座繋がりで、広島県の葦嶽山の記事の再掲 になります。 この日本のピラミッドとして最初に発見された山になりますが、 昔から地元では色々なうわさ話が飛び交い、神武天皇の宝が 隠されているなどの話が大きくなり、磐座の遺跡も破壊 されたりしたところです。 今から2~30年前には一時ブームになり、大陸書房や オカルト雑誌「ムー」などでも度々取り上げられたことが有り ましたが、最近は余り聞かなくなりました。 葦嶽山、皆神山、黒又山、尖山・・それに三輪山、等々 沢山見つかっているそうです。 昭和の初め頃、酒井勝軍が竹内文書などの研究から 日本のピラミッドとしてこの葦嶽山を喧伝し、大変有名になった ところです。 ///////////////////////////////////// 知人のお誘いで広島県庄原市にあります葦嶽山とその 近くの神社などをお参りすることができました。 葦嶽山は日本のピラミッドとして酒井勝軍(さかいかつとき)が 見出した古代祭祀遺跡ということでオカルト好きにはたまらない 響きを持つ山名です。 この山の発見からあちこちの日本のピラミッドと言われる場所 が見つけられ、さらには秋田県の戸来村(へらいむら)のような キリストと関連付けられた場所や、竹内文書のような古史古伝 史料が日の目を見ることになりました。 こちらが参考になると思います http://ikuno.lolipop.jp/pir…

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自宅のネガティブエネルギーを調べる法

風水でも、オカルトでもないのですが、自分や家族が 普段生活している場所がネガティブなエネルギーが多いと 何か嫌ですね! でも、そこの空気になじんでいると、どの様な状態なのか 判断できないのが普通です。 汚部屋やゴミ屋敷などのように傍目には耐えられない ような状況でも、そこの住人には居心地が良いようで、 他人に干渉されることを嫌う人たちには関心が無い 話題かも知れないのですが・・・ そこで、次のような記事を見つけましたので参考になれば と思い引用します/////////////////////////////// ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日は、自分の家がどのくらいネガティブエネルギーに侵され ているか、それとも大丈夫なのかをチェックする方法について 書きたいと思います。 家がなんとなく陰気臭いとか、観葉植物がすぐ枯れる家に 住んでいる人は、何となく性格も陰気になってしまったり、 病気がちだったり、仕事や人間関係がうまくいかなかったり ということがあると思います。 実は、ネガティブエネルギーに侵されている家は、有毒なカ ビが生えていることが多いのです。 カビと身体や精神の病気の関係を調べると、目からウロコが 落ちます…。 家が汚染されていると、カビの胞子を吸い込んで、身体や脳 に影響を受けますから。(特に、原因不明の病気など) …

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長田神社

神戸の長田区にあります長田神社は神戸の他の多くのお社と 同様神功皇后ゆかりのお宮であり、事代主神をご祭神に 御祭りされています。 ・・・・『日本書紀』によると、神功皇后摂政元年(201年)2月、 神功皇后が三韓征服後、新羅から難波に帰還する途中、 武庫の水門(現在の駒ケ林あたり?)で船が進まなくなった ので占ったところ、事代主の神より「吾を長田国に祀れ」と 神託を受け、創祀されたという・・・・・・・・・・・ こちらでは、毎年の節分に、古式のついな式が行われる事で 有名です。 一般に豆まきの行事の鬼は、不吉なもの、災いをもたらすもの としてこの鬼を追い払い、立春の新しい年の家内安全、無病 息災を願うのですが、 長田のついな式の鬼はその意味を異にし、 神々のお使いとしての鬼であり、神々に代わって全ての災いを 払い清めて、清々しい良い年を迎える事を祈り踊る意味がある そうです。 また、長田神社の境内奥には、アカエイの絵馬で”痔病平癒”の 霊験があらたかな楠宮稲荷社があります。 大阪湾に流入する、苅藻川の上流に鎮座するこの地で、古伝に よると 六世紀頃の初秋、繁殖のため岸辺近くに寄って来ていた赤エイの 群れが夜の台風で増水した川を遡り、水でひたひたの境内に入り、 近在の人がこれを見つけて捕獲しようとその後をおったが、 ご神木の「樟」の付近で見失ってしまったという。 以来、このご神木は、神の化身であ…

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祓戸大神

以前は神社参拝のブログとしてはじめたのですが、年齢と共に 神社参拝で遠出することも無くなりました。 それで、初心を見つめる気持ちで、神社関連の古いブログ記事 を記事を書き足しながら、少しずつ再掲していこうと思います。 もちろん、最新の記事も交えてになりますが、良ければ見て 下さい! 祓戸神社(春日大社) 神社境内に入ると、祓戸四神をお祀りする小さなお社が 見かけられるのですが、ゆっくりと手を合わせる参拝者も 少ない様に思います。 でも本当は大事なところなんですね! 伊弉諾命も禊ぎ祓いの後に多くの神々と共に、最後には三貴神 が生まれていることからもその大事さが分かるのではないでしょうか! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 祝詞に神イザナギの命が、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓え給ひし時に生座る祓戸の大神等。諸のまがごと罪穢れを 払ひ賜へ清め賜えと申す。。。。と書かれていますが、 みそぎ祓いの「み」は身で身体、物質などのことで、 「そぎ」はすすぐの意。 身体、物質界の大掃除。 祓いは払い。 洗いのことで、心や身体の垢を洗い去る意。 祓戸の大神とは瀬織津比売・速開都比売・気吹戸主・速佐須良比売 (セオリツヒメ・ハヤアキツヒメ・イブキドヌシ・ハヤサスラヒメ) の四柱の神。 まがごと、は神意に外れる事。 罪は、包み隠す事。悪…

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須磨寺2000人ギター

昨日9月15日に東日本大震災チャリティー企画として、 第8回2000人ギターという催しが須磨寺本堂前で 行われていました その時の様子です! 仮装で盛り上げる人もいます こちらも仮装?ではなく、本物のグレートサスケさん? 須磨寺八角堂 三重塔と出世稲荷神社 一の谷弁財天社 義経腰掛松 大師堂

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テープの魔法

テープの魔法・・か、魔法のテープ・・なのか? 少し面白い体験をしましたので書いてみます。 先日、自転車で転倒し、頭部をぶつけた家内のこと ですが、皆さまに心配していただきありがとうございました。 お蔭様で、今は後遺症も見られずに平常の生活に 戻りつつあります。 お気持ち感謝しております。 その家内の事ですが、ここひと月ほど前から、右肩の 激痛があり、右手を動かすことに不自由で、特に夜間の 痛みが気になり、充分な睡眠もとれずにいるという 状態でした。 そんな状態の中で、というか、そんな状態で自転車に 乗ったことが転倒の原因の一つでもあると思うのですが、 転倒時の頭部打撲だけでなく頚椎の捻挫などもあり、 より一層、右肩痛が酷くなっていました。 毎日毎日、イタイイタイというつぶやきと、不眠を何とか しようと、私もマッサージをしたり、整体の真似事なども 試しました。 でも、全然改善せずにいましたが、つい最近テープ治療を 試したところ、大きな成果が出てきました。 ・・・前置きが長くなりましたが、どの様な事をしたのか!? 試している方法だけを書いて見たいと思います。 それは、ユーチューブなどでも見られるのですが、〇〇〇〇 テープというものを、手のひらや手の甲のポイントに貼る ことで、身体の可動域が改善されるということを知りました。 それで、物は試しとばかりに少し購入。(送料が高い!泣) テープが届き、直ぐに家内の…

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オイルプリング

昨日の台風21号の被害に遭われた皆様にお見舞い 申し上げます。 私の住んでいる地方も、台風の直撃を受けましたが、正面 よりか東の大阪方面で、強風の被害が多く見られたようです。 今朝のTVニュースなどで、橋の上のトラックが転倒するところや、 車がころころと転がるところなどを見ると、乗っておられた人の 無事が心配になりました。 今年ほど日本の自然が変化してきているということを実感した ことはなかったように思います。 ところで、最近、体調管理の一つとして”オイルプリング”という 健康法を試みています。 これはアーユルヴェーダというインド医学から来ている方法ですが、 実行するのも楽ですし、結構良い様に思います。 簡単に言えば、植物オイルを口に含んで、10分から15分ぐらい 口内を漱いでから吐き出すだけの方法です (キッチンペーパー等に出して、決しても飲まない様に!) 詳しくは http://yoshiya-hasegawa.com/blog/pinpin-korori/effect-of-oil-pulling/ などなど、沢山の情報が見られます。 この方は、ココナッツオイルを勧めておられますが、私は、オリーブオイル やゴマ油、ヒマシオイルなどで試しています。 (オリーブオイルは少し苦みがあります) 一か月ほど試したところでは、歯には良いように感じています。 更に認知症などの予防になれば嬉しいので…

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自転車で転倒!あとが大変!

数日前から右首筋から肩甲骨にかけての痛みで、右手を 動かすのも、じっとしているのも苦しんでいる我が家の家内。 元々、糖尿病でインシュリン治療をしていたのですが、昨年末に 心臓の不具合も見つかり緊急入院。 今年の初めに人工心肺を使用しての8時間に及ぶ心臓手術。 手術は成功したものの、治らない傷跡に、さらに薬害?と 思われる症状に今も苦しめられていますが、そんな状態の中 での大事件! 今迄から、家内の活動は電動自転車頼みで、自転車での外出 が多いのですが、今日も、右肩痛みを我慢しつつ自転車に 乗って出掛けました。 それから20分程、少し心配しながら自宅にいた私に、ご近所の 知り合いの方が来られ、「今、奥さんが道路に倒れて頭を打った 様で、意識もはっきりしていないので救急車を呼んでます。 直ぐに○○に行って下さい」・・・・と、知らせてくれました。 驚いて、直ぐに単車で駆け付けると、すでに救急車が来ており、 家内も救急車の中で寝かされています。 幸い、その時点では、意識も戻っていたようで、自分の生年月日 や住所、電話番号など答えていたので、少しホッとしたものの、 今度は、外で警察官が4人ほど待っていました。 何で警察が??? 少し気になりながら、家内の体の状況から説明し、自分で転倒 したと思われることなど話。 どうも、車道側を自転車で走っていて(少し下り坂)、右手に普段 の様に力が入らない状態で…

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夢野の立江地蔵尊

夢野の高台になった処に、立江寺という、地蔵尊を本尊に するお寺があります。 このお寺は、大正時代に四国八十八ヶ所霊場第十九番札所 立江寺の別院として元高野山管長庄野琳真大僧正猊下が 開創されたところです。 今年は明日から地蔵盆という事で、こちらの地蔵さんも 紹介です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 地蔵盆 地蔵盆は関西方面の地域的な風習の様ですが、子供が 中心のお祭りです。 しかも、寺院の様なところにお祭りされている地蔵菩薩が 対象ではなく、街角の辻にあるような、小さな石祠などに 祀られているお地蔵様が中心です。 お参りするとお菓子などのお下がりがもらえるので、子供達 が、あちこちのお地蔵さんのハシゴをして賑わいます。 この時ばかりは、この町内に、こんなに子供がいたの!? というほど、お菓子の袋を沢山抱えた子供たちの姿が 微笑ましい時期でもあります。 地蔵盆の準備中(須磨寺商店街) これからお供え物が準備されるのですが、台風が近づいて いるのが心配です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この立江寺は夢野氷室神社から山裾沿いに、少し東に 歩いたところです。 お寺に登る…

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夢野の熊野神社

氷室神社参拝の帰り、こちらも平清盛が勧請した熊野神社へも お参りしました。 神戸の平家にゆかりのある場所は、今の神戸市兵庫区の福原 を中心に山裾から海岸線まで広がっています。 この夢野・石井・荒田・平野といったところは、平家一門の別邸 が建ち並んでいた処です。 清盛が福原に都を移す決意をしたのには、色々な理由が あったようですが、その一つに 安元3年(1177)4月、京の都で大火災が発生し、都の三分の一 を焼失すると共に、引き続く飢饉で京は荒れ果てしまった。 清盛は復興が遅々として進まぬのに嫌気がさし、急遽8月4日 に都を神戸福原に移す決定をなし、年号を「治承」とした。 大輪田の泊を修復し日宋貿易の拡大と、清盛の権勢を持って この兵庫の地に都を移した平清盛の夢の跡が今も神戸には 淡い夢の様に偲ばれるところが多く残っています。 夢野の熊野神社 この熊野神社は、 平清盛が福原遷都の際、皇城鎮護の神として、後白河法皇 のご崇敬の厚い熊野権現を勧請し、この地に祭祀したところです。 平安末期、歴代の上皇は何度も熊野御幸を行い、熊野信仰 が一つのブームとなっていました。 後白河上皇はは34度、清盛、重盛(清盛の嫡男)らも度々 参詣しました。 清盛の根強い熊野信仰は、福原でも忘れずに熊野権現を 勧請したようです。 然し、まもなく京都に還幸になったので地元夢野の住人が 産土神として尊信し、縁結び…

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四万六千日燈明会(須磨寺の夜)

今日は、この日に参拝すると、四万六千日分の功徳があると 言われる観音大祭日ということで、須磨寺では観音さんを 燈明で表すと共に、和太鼓の奉納が本堂前で行われていました。 お寺によって、四万八千日であったり、四万六千日であったりと 違いはありますが、要は多くの功徳があるという象徴のような 数字だと思います。 普段、特にお寺参りはしておりませんが、和太鼓演奏に引かれて やって来ました。 その模様を写真で紹介させて頂きます。 夜の須磨寺仁王門 弘法岩 敦盛・直実像 灯明観音 大師堂 大師像 義経腰掛松と敦盛首洗池 五智如来石像 出世稲荷社 三重塔 和太鼓・三味線・笛などの演奏 護摩堂と不動明王 般若心経太皷 夜7時ころから8時半頃まで、昼間の暑さに負けない熱演を 存分に楽しんだひと時でした。

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走水(はしうど)神社

今迄にも記事にしたことのある神社ですが、またまた懲りずに 記事にしたいと思います。    神戸の元町通り商店街は、旧西国街道に沿った道筋が、 そのままで、現在ではアーケード商店街として神戸市民に 親しまれている所です。 かっては、元町通り6丁目には三越百貨店があり、その また先には新開地の歓楽街もあり、多くの人が、買い物や、 映画・演劇見物などで賑わっていた処です。 現在は、残念ながら、昔の賑わいは無くなり、人の流れも 三宮が中心になり、元町通りを歩く人も大変少ない様に 思います。 そんな、元町通商店街の5丁目に走水神社が、通りに背中を 向けるようにして鎮座しています。 ちなみに、走水と書いて【はしうど】と読み、昔は辺りを 走水村と呼んでいたそうです。 元町通りから神社方面を見ると 神社側から元町通り商店街方面を見ると 走水神社 走水神社は旧走水村の氏神で、社伝によると1100年以上の 歴史を持つ由緒ある神社である。 五穀豊穣・健康長寿・商売繁盛に学問の神様といわれ、書道の 神としても有名で、社殿の脇には筆塚がある。 菅原道真が祭神なので、狛犬ではなく狛牛が祀られている。  御祭神    天照大神   応神天皇   菅原道真 【走水】の名の由来 元来神戸市中央区は、摂津国に属し、夙川から旧生田川 までの地域が菟原…

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