一ノ谷 安徳帝内裏伝説地

コロナ緊急事態宣言が発令されている連休ですが、海や山へと 出掛ける家族連れの姿をよく見かけるようになりました。 私も日頃の運動不足を少しでも解消すべく、須磨浦公園から安徳帝の内裏跡 伝説地から義経逆落しと言われているところを経て歩いて来ました。 戦いの浜碑(須磨浦公園) 山陽電車のガードをくぐり急な坂道を上がります 坂道から海を臨む 安徳帝内裏伝説地 安徳宮 モルガン灯篭 真理胡弁財天(龍神) 皇女和宮 逆落しの場所と言われているところに続く道 昔、この先に南洋植物パークがありました 神戸市で貿易会社を経営していた塩田富造が海外進出に失敗した者に対する 救済資金を集めることを目的として資財を投じて1964年11月に設立した 当時の報道によれば、ドミニカ共和国で失敗した移民5世帯が神戸に帰国したが、 日本政府が救済を行わなかったことに、塩田が憤慨したためと記録される。 創設者は翌1965年に死去したが、長男邦博が引き継いだ。 開設当時、東洋一の直径30メートルのドーム型温室が存在し、パパイア、サボテン、 マンゴーなど百数十種約六千点を展示した。 学校行事での利用などで多くの観光客が訪れたものの赤字続きであった事と温室が 傷んだ事が理由で開園後約20年で閉園する事となり…

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南海電鉄 七福神

今、終活のひとつとして不用品を整理していますが、何年も見ていなかった 物でも、いざ捨てるとなると中々踏ん切りがつかないことが多いのが悩みです。 そこで、捨てがたいものを写真に撮って記録として残してから捨てるように すると少しは処分することも出来る様になってきたように思います。 そんな状態で押し入れの奥にしまい込まれていた段ボール箱の中を確認して いると、「南海電鉄 七福神めぐり」の記念乗車券が出て来ました。 今から30年程前になりますが、会社の同僚で乗り鉄の知人と二人で電車やバスに 乗り札所を巡ったことがありました。 その知人とは、仕事で同行営業などをしたこともありましたが、10年ほど前に既に 亡くなっているだけにたいへん懐かしく思い出しました。 一つ一つのお寺さんや神社の事はあまり覚えていませんが、ぼんやりとした 記憶の中では、水間観音さんと犬鳴山七宝滝寺のことだけ記憶に残っています。 特に七宝滝寺では、我々が姫路(乗り鉄さん)や神戸から来ていることなど 話していると、この辺りは不便だからと、車で次の札所まで連れて行って頂いた ことなど懐かしい思い出として今も記憶に残っています。 招福開運 南海沿線 七福神めぐり   恵比寿神 今宮神社   商売繁盛   大黒天  大国主神社  福徳開運   毘沙門天 万代寺    除災招福   弁財天  水間寺    智恵財宝   福禄寿  長慶寺    招徳円満 …

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須磨寺の桜

先日、市の国民健康保険課から医療費に関する封書が届きました。 今年一月の医療費支払いが高額療養費支給の可能性があるという連絡 でした。 昨年の9月ごろから体調に違和感があり、病院でCTやMRIの検査など していますが、未だにハッキリとした原因が分からず、それでも薬だけは 服用していますが、一向に良くなりません。 それで、昨年末から今年の一月にかけ、あちこちの病院を紹介されて 検査を繰り返したために費用が増えていたようです。 日本の健康保険制度は有難いと思いながらも、症状の原因が分からない 状態が続いていることに不安を覚えながらの日々を送っています。 ・・・今日は朝から黄砂の影響で霞んだような空模様でしたが、暖かい 一日でしたので須磨寺付近の桜を見に行きました。 須磨寺は源氏物語の光源氏の時代から、桜の名所だったようですが (若木の桜)、近年では明治の中期ごろから戦前まで、須磨寺公園付近は 新吉野と言われるほどの桜で知られたところだったということです。 須磨寺公園の桜 明治の中頃、荒れ果てていた須磨寺に観光客を誘致しようと、当時の住職が 木や花を植え、茶屋を開いたのが須磨寺遊園地の始まりと言われています。 さらに、住職に賛同した須磨の神田兵右衛門なる人物が寄付を募って桜の木 を植え、大池の畔に千本もの桜が咲き誇る「新吉野」が生まれました。 明治末期には兵庫から路線を伸ばしてきた兵庫電気軌道(後の山…

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神戸港散歩

最近ブログ更新も出来ていませんが、先日、散歩がてら出かけました 神戸港辺りのスナップ写真です。 ハーバーランド ムーミンスタンド 案内地図 ポートタワー みなと巡り観光船 オリエンタルホテル   BE KOBEは、阪神淡路大震災から20年目の2015年「人の為に力を尽くす」   という市民の熱い思いを集めて生まれたメッセージ。   「市民が神戸市民であることを誇りに思う気持ち」を表している。 希望の船出   神戸港移民船乗船記念碑  1908年ブラジルへ向かう最初の移住者781名と、   自由渡航者10名を乗せた「笠戸丸」が出港して以来、この港から渡航した人は   40万人にのぼる。 神戸海援隊 1864~65年に存在した神戸海軍操練所。  軍艦奉行勝海舟のこと坂本竜馬・陸奥宗光などが学ぶ。  水平線を望み、土佐の方を向いて立つ、流政之氏が手掛けたオブジェ。 公園の街灯 神戸港震災メモリアルパーク   阪神淡路大震災で大きな被害を受けたメリケン波止場の一部を   被災当時のまま保存。 サンタマリア メリケン地蔵尊   説明書きによると、   この辺りは昔、はしけの基地、はしけ溜まりであった。   はしけは、貨物船であると同時に乗組員家族の住居…

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神戸七福神 大黒天 大龍寺(その二)

大龍寺の続きです! 大龍寺境内には諸天堂・護摩堂・本堂・毘沙門堂・鐘楼などの伽藍が 並んでいますが、山の中のお寺の為か、いずれも小さめのお堂です。 【中風除けのお寺】 和気清麻呂公や弘法大師さんなどの伝説からも、大龍寺の奇瑞霊験の話が 多いようですが、中でも天授元年、後円融上皇が中風(脳梗塞)にかかられた折、 善妙上人が七日間の祈願をされたところ、たちまち霊験現われ、病気が平癒。 宸翰、宝器を賜り、本尊に深く帰依されたことから、【中風除けのお寺】 【病気平癒のお寺】として有名になり、代々お寺の住職がこの秘宝を 受け継いでおられるそうです。 【本 堂】 本尊 聖如意輪観世音菩薩       ボケ封じ 【毘沙門堂】 弁財天・大黒天・毘沙門天 【護摩堂】 不動明王 境内 【三面大黒天】 弁財天・大黒天・毘沙門天 恵比寿・大黒・打出の小槌 三面大黒天さんはお厨子の中です。 大龍寺の大黒天は中央に大黒天、向かって左に毘沙門天、右に弁財天の顔を 持ち、六本の御手。  弁財天は鍵と宝珠。 大黒天は小槌と袋。 毘沙門天は如意棒と鉾を持たれて います。 大黒様が二俵の米俵の上に立っておられるのは、小槌からいくらでも出せるが、 二俵あれば十分であるという【知足】の徳をあらわし、大黒様の財福を頂戴し、 毘沙門天さんがしっかり護り、弁財天様が音楽を奏…

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神戸七福神 大黒天 大龍寺 (その一)

今日は全国的に暖かくなった日の様で、こちら、神戸でも20度近い陽気に 恵まれました。 この暖かい陽気を利用して、再度山大龍寺へ登拝し、神戸七福神の大黒天尊 さまを拝んで来ました。 今迄にも何度もハイキングを兼ねて参拝していますので、ブログ記事の写真も 内容も似たようなものになりますが、ご容赦頂ければ幸いです。 再度山大龍寺は神戸の元町から5KM程川筋に沿う谷筋を登っていくと山門 から石の階段が続く再度山の中腹に、本堂・護摩堂・毘沙門堂・諸天堂などの お堂が建てられています。 この大龍寺は和気清麻呂公の伝説と、弘法大師空海の話で有名であり、 大龍寺の縁起と再度山の謂れなどと大いに関係しています。 再度山ハイキングコース(表参道) 再度山大龍寺縁起  神護景雲二年、称徳天皇の勅を受けた和気清麻呂公が、寺院建立の霊地を  求めてこの山中まで来られた時、公を暗殺せんものと付け狙っていた  僧道鏡の刺客に襲われたが、その時、忽然と現れた大蛇に驚き、逃げ帰って  しまいました。   危ういところを助けられた清麻呂公が辺りを見回しますと、大蛇が消えた跡に  「聖如意輪観世音菩薩」が立っておられた。  公は早速この地に伽藍を建立され、寺名を「大龍寺」とされました。  如意輪観音菩薩が御出現された場所は「蛇が谷」と称されています。 再度山  延暦二十三年、入唐さ…

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関帝廟 神戸

今朝は福島、宮城での地震のニュースで目を覚ましましたが東北方面での 大きな地震は津波の事がすぐに思い出されました。  幸い津波の心配は 無いようですが、かなり長い時間の揺れで被害が少なければ良いのですが! 神戸は春の陽気に恵まれたので、ぶらぶらと久し振りに関帝廟付近を歩いて 来ました。 関帝廟は、三国志の英雄、関羽をお祀りするお堂です。 JR神戸駅から歩いていると、出雲大社神戸分祠が住宅街に溶け込むように してありますので、すこしお参りしました。 出雲大社神戸分祠 付近の地図 関 帝 廟 神戸の関帝廟は明治21年「慈眼山長楽寺」として、関帝、十一面観音、天后聖母 をお祀りされたのが始まりで、俗称「南京寺」などとも呼ばれていました。 長楽寺は隠元禅師が開いた宇治の黄檗宗萬福寺につながるお寺で、初代住職には 長崎聖福寺より松井宗峰師が迎えられました。 現在はどの宗派にも属さず、関帝廟として独立した寺院です。 建立以来、神戸をはじめ広く阪神、関西在住の華僑のお寺として信仰を集めて います。 また、三国志のファンも多く訪れるところです。 龍 門(登龍門) 本 堂(金堂) 屋根の上には黄金の玉をつかむ白い双龍が! 本堂内は撮影禁止ということで、お寺の方に頂いた関帝廟三本尊のお札を…

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ビリケンさんは・・・大黒天?

以前兵庫区の松尾稲荷神社のビリケンさんについて書いたことがありましたが、 今日(2月7日)の読売新聞朝刊で、そのビリケンさんについての詳しい記事が 出ていました。 松尾稲荷神社(2019.01.19) その記事ではビリケンさんの右手に小槌が握られている写真が掲載されていました。 私が見た時は前掛けなどで見えなかったため、この姿は分かりませんでした。 ・・・読売新聞の記事を以下に抜粋紹介させていただきます 「ビリケンさん」と聞けば、大阪・新世界の通天閣にまします福の神を、 関西人の多くは思うだろう。 実は神戸市内の神社にも鎮座しているらしい。 調べてみると、名称の由来は、米大統領がかかわっているとの説もある のだとか。 福の神になった大統領? ……。ルーツを探った。(伊藤孝則) 大黒天?  早速、ビリケン像があるという神戸市兵庫区の松尾稲荷神社を訪れた。  宮司の長山竹之さん(63)に案内され、本殿の奥に進む。  道すがら、氏子らから奉納されたお稲荷さんがずらり。  その一角を見やり、思わずにやりとしてしまった。  横に大きく広がった特徴的な口に、上向き加減の鼻の穴、大きく前に  つきだした両足。通天閣のそれとは少し違うが、まさしくビリケン像だった。  木製で高さは約60センチ。神社では「松福様」と呼ばれているという。   祭神の稲荷大明神とどんな関係があるのか、  大正初期、…

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神戸七福神 弁財天 生田神社

神戸七福神の弁財天さんは生田神社の市杵島姫命です! 生田神社さん前にありました東急ハンズが昨年末で撤退され、少し寂しく なりました。 生田神社さんもコロナ緊急事態宣言の中、参拝者も大変少なかった 様に感じました。 生田弁財天   市杵島姫命 蛭子社   蛭子命  なぜか、アマガエル? さざれ石と戸隠社   手力男命  こちらは龍が 本殿のうしろがわ 生田の森 生田森坐社 神功皇后 大海神社   猿田彦命 松尾神社   大山咋命

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神戸七福神 毘沙門天 湊川神社

神戸七福神の毘沙門天さんは湊川神社ということですが、その理由は 楠公さんの母君はなかなか子宝に恵まれず、信貴山の霊峰へと風雨もいとわず日参し、 御本尊毘沙門天に一心に手を合わせ祈ったそうです。 そして、生まれたのが、楠公さん。 幼名は、「多聞」で、子守唄代わりに、寝物語代わりに、大きくなったら、必ず 毘沙門様の御功徳にあやかって、お国のために尽くしなさいと言われて育ちました。 その後、智・仁・勇の三徳を備えた、誠心溢れる名将となり、ここ湊川の合戦で、 一族郎党「七生滅族」を誓い敗れるまでの忠勤ぶりは、紛れも無く毘沙門天の加護を 受けた活躍をしました。 因みに、今年は既に過ぎましたが、春の七草と七福神の恩徳が関連があるとされています。 春の七草 せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ  この七草は長寿の秘薬として七福神さんの恩恵が得られると考えられているそうです。  せり    毘沙門天の高徳  浄化・勝負に勝つ力  なずな   布袋和尚の高徳  良縁・子宝を引き寄せる  ごぎょう  大黒天の高徳   豊作・開運の力を得る  はこべら  恵比寿の高徳   人の和・商売繁盛の力を得る  ほとけのざ 福禄寿の高徳   延命・福禄の力を得る  すずな   弁財天の高徳   財福・芸術向上の力を得る  すずしろ  寿老人の高徳   長寿や無病息災の力を得る という…

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神戸七福神 福禄寿尊 須磨寺

お正月の長田神社での、恵比寿神に続いて、神戸七福神の中で 今回は須磨寺の福禄寿尊です。 福・禄・寿 の有難い幸福と智慧を授けて頂けるとして信仰されています。 福禄寿は、道教の長寿神。 南極星の化身。 長い頭、長いあごひげ、大きな耳たぶをもち年齢 千歳という。 長寿、幸福(子孫繁栄)、俸禄(身分財産)の徳を持ち、鶴と亀を連れて、 左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴。 須磨寺では護摩堂の近く、弁慶の鐘突堂の横に祭られています。 須磨の沖合には四本マストの訓練船が停泊していました。

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 長田神社 事代主大神

今日、令和三年の一月六日ですが、長田神社さんへ初詣に行って来ました。 この長田神社は事代主神をご祭神にお祭りされており、神功皇后の伝説を 由来に持つ、神戸の古社の一つです。 長田神社 (神社HPより引用) 御祭神 事代主神 御尊号 於天事代 於虚事代 玉籖入彦 厳之事代主神 あめにことしろ そらにことしろ たまくしいりひこ いつのことしろぬしのかみ 鎮座と沿革 神功皇后摂政元年春2月、皇后が新羅より御帰還の途中、武庫の水門に於て 「吾 (あ)を御心(みこころ)長田の国 に祠(まつ)れ」とのお告げを受けて、 山背根子の女・長媛(ながひめ)を奉仕者として創祀された全国有数の名大社である。 (日本書紀 神功皇后摂政元年条 西暦201年と伝える) 古来、皇室をはじめ武門の崇敬あつく、延喜式の制では名神大社 更には 祈雨八十五座に列し、神戸(かんべ)41戸もって奉祀護持され、今日の神戸発展の守護神 と仰がれている。  神戸の地名はこの神戸(かんべ)に由来する。 日本書紀に云う長田国は、東は湊川(現新開地)、西は須磨一ノ谷(摂津・播磨の国境)を云い、 その中央を流れる苅藻川の中州に奉斎された。 現在の長田区、兵庫区、須磨区、北区南部を云う。 又、古伝によれば「鶏鳴の聞こゆる里は、吾が有縁の地なり」とのお告げにより、 にわとりが神の使いと尊ばれ、奉賽の鶏が境内に群れ遊び、外国人より「チキンテンプル」 と親しまれた。 明治29…

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仏眼と祈念! 新年 宣言!

  昨年のご訪問を感謝いたしますとともに   ◎◎◎☆☆☆新年が皆様方に幸多き一年になります様に祈念致しております!☆☆☆◎◎◎ 令和3年 大阪湾の初日の出を待ちましたが・・・・ 仏 眼 (仏陀アイ)  ◎◎◎仏陀の智慧の眼◎◎◎        《オン・マニ・パドメ(ペメ)・フム》          仏陀の智慧・悟りの象徴             仏眼は悪魔を追払う!!! 仏足石 昨年は9月ごろから体の違和感が強く感じられたのですが、その違和感解消のため 9月中旬から12月初旬まで3回断食を繰り返しました。 大雑把に15日間・10日間・21日間、青汁と本断食を組み合わせたので、ほぼ四か月の間 普通食無しだったので、体重は14~16キログラム減量。 一時は拒食症でガリガリになった患者のような姿を見て愕然としましたが、今だに太ももから 殿筋、さらにお腹周りの筋肉もまだ復活していません。 その時に、私自身を励ますために歌っていた替え歌です!!!!  ◎◎◎私流 元気が出る歌◎◎◎                 (童謡 「アメ アメ フレ フレ」の調子で!)  『 雨 雨 降れ 降れ    神様が    笑顔で お迎え 嬉しいな      ピンチ ピンチ    チャンス チャンス    ラン ラン ラン』…

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納め大師

毎月20日21日は弘法大師さまのご縁日という事で、ここ須磨寺も多くの参拝者 で賑わうところです。 そして特に師走のご縁日は『納め大師』と呼ばれています。 私も久し振りにお大師さんの縁日を楽しむべく須磨寺さんへ出掛けましたが、 依然とは比べようもないぐらい、露天の数も、参拝者の人数も格段に減っており 寂しいものでした。 以前、と言っても20年以上前の事ですが、山陽須磨寺駅からお寺へと続く参道 は、多くの人波が見られ、露店もぎっしりと賑わっていましたが、今は人出も 露店の数も随分と少なくなっていました。 お寺関係者のお話では、参拝者がお大師さんの日以外にお参りされる方が多くなり、 全体での参拝者数は余り変わっていない、、、ようなことを言っておられました。 ・・・が、やはり昔の人の波を知る者には寂しい縁日でした! 須磨寺商店街 須磨寺境内 (鯖大師石像) (修行大師像) (奥の院の山) (大師堂) (三重塔と大日如来) (初大師の句碑)  香煙に 降りこむ雪や 初大師     (芭蕉句碑)  須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇 (青葉の笛と高麗笛) もう以前のような人出は難しいかも知れないですね!

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須磨寺今昔

いつもお世話になっています須磨寺ですが、最近、明治初期の須磨寺と言う写真を 見ました。 時代の変化で須磨寺周辺も大きな変化があったことは色々聞いていましたが、 たった1枚ですが、お寺境内の写真を見ると、その変化は大きいものがあったと言う 事がよく分かりました。 明治初期としか分かりませんが、本堂に通じる参道両側には現在 桜寿院・蓮生院、 山門前に正覚院と塔頭寺院がありますが、写真では全くの空き地になっています。 具体的な歴史の変動は分かりませんが、古い絵図などでは華やかな境内の様子が 見られることに比べると寂しい限りです。 宝物館で見られます桃山時代の華やかな様子が分かる絵図ですが、ガラスケースの中で、 写真ではよく分かりませんね。 この説明書きの中には、幕末にかけての幾多の人災・天災で、七堂十二坊あった 沢山の伽藍も仁王門と本堂、太子堂を残すだけになったと書かれています。 (この人災という言葉の中には、「廃仏毀釈」などの影響もあるのかなという 思いがしました。) その時の状態が、この様な写真で残っているのですね。 その後、明治中期から復興に尽力し、現在のような姿になったということですが、 多くの信者さんの協力もあったものとおもわれます。 塔頭寺院 正覚院 龍華橋から山門へ 塔頭寺院 桜寿院 塔頭寺院 貞照寺 鯖大師 及び 蓮生院  この貞照寺は、元々…

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須磨寺 火渡り修行

恒例になっている秋のイベント、『須磨寺火渡り修行』ですが、今年は新型コロナの 影響で開催が危ぶまれていました。 その為、当初は入場制限を掛けるような話も聞こえて来ていましたが、なんとか 例年並みの柴燈護摩。火渡り修行。が無事行われ、多くの善男善女が秋晴れの中で 無病息災を祈っていました。 例年、似たような写真ばかりですが、今年はマスク姿での参列者が特に目立つ イベントになっています。 本堂内陣 行者さんの登場 本堂前での法要 柴燈護摩 梵天加持 火渡り行 熱湯加持 一般信者火渡り

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新長田の町興し

阪神淡路の大震災で、新長田付近のアケード商店街が火災で燃え上がり、 鉄骨がグニャリとへし曲がったニュース映像を覚えておられる方も多いと 思います。 その後、商店街は復興したものの、震災による人口流出は元の様には戻らず、 また復興ビルの動線の悪さから、お客さんの流れが偏りました。 その為に借金をしてテナントを借りたものの経営が困難で店を閉めたところも 沢山出たようです。 多くの困難の中、地域の町興しとして、神戸出身の横山光輝先生の作品から『鉄人28号』や『三国志」 を中心に団結して進んでいます。 新長田の鉄人広場から、新長田一番街~大正筋商店街~六間道商店街~まる五市場などを 巡り歩き、三国志のモニュメントなどを見て来ました。 2009年に完成 鉄人28号モニュメント 新長田一番街商店街 大正筋商店街 神戸映画資料館 関羽 石像 商店街の通路には、著名人たちの陶板で作られた手形や激励の言葉が沢山はめ込まれています。 こちらは将棋関係のものでした 谷川浩司さん、羽生善治さんなどの名前が見られました。 他にも、野球やサッカー選手の他、お笑い関係の人達の名前も見られました。 六間道商店街 魏 武帝廟 周瑜像 八家地蔵尊 まる五市場 …

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秋の鉄人広場 中国武術演武会

神戸、JR新長田駅近くに鉄人28号の等身大モニュメントがあります。 淡路・阪神大震災でこの付近の商店街は、火災で全焼しました。 私も、当時は長田に職場があり、震災の瓦礫で道路も通れない状況の中、 単車で職場に駆け付けましたが、扉もひしゃげて入れない状態で、その後 会社からの連絡があるまで1週間以上時間が掛かったことなどを思い出しました。 この震災以降長田は未だに以前のような賑わいが戻っていないという話ですが、 この鉄人28号を復興のシンボルとして地域のイベントが色々行われています。 今年は、コロナの影響で多くのイベントが縮小されたり、取り止めになったりしている 事が多いのですが、昨日は、この広場で中国武術の演武会が開かれていました。 なかなか写真のタイミングが難しく、出来の悪いスナップばかりですが掲載しておきます。

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本断食15日目 途中経過記録

2~3か月前、体の違和感を感じてから減糖・減食・青汁断食・本断食と取り組み 出してから、早いもので5週間以上経過しました。 今日(10月25日)で、本断食15日になりましたので、少し今までの経過を記録 しておきます。 私の体の違和感の部位や症状は個人的なことですので、ここには書きませんが、 かなり強い違和感があり、部位や症状の変化も自分自身の中では明確に分かる 様な状況でした。 その、気になる違和感を取り除くべく、個人的な判断で取り組んだのが、 初めに粉末青汁を中心にして普通の食事を一気に止めてしまいました。  9月18日(金) 青汁断食開始     朝 粉末青汁(ハイ・ゲンキ。大麦若葉粉末。乳酸菌)   昼 スピルリナ粉末(酵素・乳酸菌入り)   夜 粉末青汁 たまにお豆腐を温めて食べる。オクラ少々。   このパターンで減糖・減食に胃腸を慣らし、体の血液の浄化を目指す。     9月24日(木) この日より、「ウルトラプレミアム発酵液」という酵素を追加   固形物は殆ど摂ってはいないが、日に1時間から1時間半の散歩を継続。     9月27日(日) 散歩時の坂道、階段の上り下りがきつく感じられる。   気になる体の違和感がひどくなったように感じられる。   違和感の場所も少し移動。   その後も、同じような粉末青汁がメインの食事?を続けながら、日常生活は   普段通りに過ごす。 特に飢餓感や食欲に悩まされるような…

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ダ・ダ・ダ~ン 断‣断・断

以前から断捨離という言葉がブームになっていますが、他に断食・断糖・断小麦・ 断炭水化物などという事が健康に影響を与えるという事で、熱心に実行されている方も おられるようです。 その他にも、玄米菜食が良いとか言われたかと思うと、最近では肉食で元気で 長寿の方が話題になったりと、正直、人それぞれの食養があるというのが実際の 感想を持っています。 ただ、何かを全く排除する「断○○」は極端なように思いますが、生活習慣を ガラリと切り替え、新たな習慣を形成するには、この様な思い切りも必要では ないかと思っています。 比叡山の千日回峰行者さんなどは、回峰行で体と精神を鍛えた後の総仕上げとして 九日間の断水・断食だけでなく断眠・断臥(横にならない)を続けながら読経を 続けるという話です。 たまにニュースなどで見ても壮絶さが伝わる場面が 映し出されますが、行者さんの話では、最後には自分自身の死臭を嗅ぐ様なことも あるということです。 ところで、何故唐突にこの様なことを書いているかと言いますと、数週間前から 体調があまり良くなく、その体の不調が一向に良くならないのですが、医者に行く のも嫌なので、何とか食生活をリセットすることで、体の違和感を解消したいと いう気持ちが強くなり減食から完全断食を今、実行しています。 お蔭で、体の気になる違和感は2割ぐらいまで減少し、今少しの頑張りが必要な ところだと思い頑張っています。 体の違和感…

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