加東市 上鴨川住吉神社

酷暑だった夏も過ぎ随分と過ごしやすくなりました。 この日は、爽やかな秋晴れの中、気ままに車を走らせていましたが、 気になるところで車を止めて写真を撮ったりして楽しみました。 この上鴨川住吉神社も、偶然通りがかった道路脇に「国指定重要文化財」の 碑を見かけたので立ち寄りました。 加東市の上鴨川神社 神事舞 上鴨川住吉神社に奉納される舞踊で、厳格な宮座制度によって継承され、中世の田楽や 猿楽に由来する形態を色濃くとどめているといわれています。 現在は、毎年10月の第1土・日曜日に宵宮・本祭と2日かけて祭礼が行われています。 宵宮では、漆黒の闇の中で、境内の斎灯によって照らしだされて舞踊が演じられます。 諸々の宮ごとの後に斎灯が焚かれ、割り拝殿で神楽が舞われたのち、柴燈の明かりを 頼りに、舞台を境内に移して王の舞が始まります。 リョンサン舞や太刀の舞といわれる王の舞は、トリカブトに鼻高面をつけて演じられ、 方固めであるとされています。 その後演じられる獅子舞は境内を廻るだけに形骸化した形で残されています。 田楽は太鼓、鼓、ビンササラ、チョボなどの楽器、頭にはガッソウという弊を被り、 七番の舞があります。更に扇を持って舞うイリ舞を演じます。 翌日の本宮では、宵宮で披露された舞踊とともに、高足という全国的にはほとんど 演舞例がない舞が演じられ、さらに、猿楽に起因するという翁舞7番が演じられています …

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須磨寺 祈りの音楽会

コロナ騒動がまだまだ収まりそうにありませんが、少しづつ以前のような活動に 近づいているような気がしています。 そんな中、今まで多くのイベントが中止になっていた須磨寺でも少しづつ イベントの復活が見られるようになって来ました。 今回は 『絵から音へ 祈りの音楽会』 ということでしたが、少しだけ 様子を見て来ました。 (少しですが、その時のスナップ写真です)   声明  小池 陽人   音楽  sandhya  絵   みしま あきひろ イベントとは関係ありませんが・・・ 鯖大師 鯖大師絵伝 帝釈天? 桜寿院さんの弁財天  

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『コロナ大仏』造立 全国勧進 須磨寺

4日の金曜日。 須磨寺の護摩堂で『コロナ大仏』造立全国勧進の法要が 行われていました。    コロナ大仏(ひな形?) 毎日新聞の記事を引用させていただくと、次のようなことがかかれています。  新型コロナウイルス禍を機に「コロナ大仏」を造立しようと活動  している僧侶たちが4日、須磨寺(神戸市須磨区)で法要を営み、資金集めの  ための「勧進キャラバン」をスタートした。  11月まで全国各地で法要を続けながら、大仏の大きさや造り方、設置場所などを  決める。  大仏造立プロジェクトを始めたのは、美術家でもある曹洞宗の僧侶、風間天心さん  (41)=札幌市=と、風間さんが所属するアーティスト集団  「ジャーマンスープレックスエアライン」(尼崎市)の前田真治代表(44)ら。  「気持ちを前向きにし、未来へと転化させるシンボルを」と、古くから苦難の時に  造られてきた「大仏」に挑戦することにした。  5~6月にはクラウドファンディングで、キャラバンのための資金約385万円を  集めた。  この日は、趣旨に賛同した須磨寺の小池陽人(ようにん)副住職(33)が護摩堂  で法要。  キャラバンのために風間さんが彫った「勧進仏像」の前で僧侶らが読経し、  新型コロナ感染拡大により開催できなかったイベントのチラシなどを参列者が仏像に  貼り付けて「供養」した。  参列した明石市の主婦、森西千春さん(48…

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食パン大好き市民

一日当たりの一世帯当たり食パンへの支出額日本一の町というランキングが ありますが、神戸市が全国一という事です。 一位 神戸市   二位 松江市   三位 奈良市   四位 和歌山市   五井 堺市  ・・・と続いています 八月三十一日の読売新聞の記事には   『食パン専門店 元町の陣』  『駅南500メートル圏内に7店』   『支出額全国一 神戸で成功するのは夢』 と言った見出しが書かれていました。 確かに、食パンに限らず街中にはパン屋さんの数も多く、どこで買っても 美味しいところばかりですが、最近は高級食パンが注目されているようです。 焼きたての高級食パンは数量が限られるためか、焼き上がり時間前には常に 店頭で行列ができています。 因みに、勿論元町だけでなく他にも美味しい高級食パンを販売されている お店が沢山ありますので、少し調べてみました。   「明日の食パン 神戸三宮店」・・ 無添加食パン   「ぱんのき」・・ 神戸で入手最難関。 幻の食パン   「銀座に志かわ 神戸三宮店」   「panya芦屋 神戸三宮店」   「神戸気質(ごころ) 板宿」   「神戸結(ゆい) 六甲道」   「BAKERYコウベ堂 住吉」・・大関酒造の酒粕をブレンド   「HARE/PAN 六甲道」   「BAKU BAKU(麦麦) 御影」   「ヨーキーズ ベーカリー 三宮」   「地蔵家 六甲」   「食パン工房 匠…

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高砂周辺・高砂神社

少し以前ですが、山陽電車の高砂駅で下車し、高砂の街を散策し、高砂神社にお参りして きました。 高砂は古い街らしい雰囲気が、昔懐かしい建物とともに残っていました が、古い商店街はシャッター街となり、人影も少なくて寂しい感じが しました。 スナップ写真です! 山陽高砂駅前 このような昔の町内案内表示が街のあちこちにありました 旧国鉄の高砂駅跡地 国鉄の高砂線が現役の頃が高砂の街が一番賑わった頃のようです 旧高砂駅前の銀座商店街 十輪寺 念仏塚 十輪寺は寺伝によれば弘仁6年(815年)に弘法大師が勅命により創建。 後に讃岐へ流される途中、立ち寄った法然上人が寺を復興、浄土宗に転宗した と伝えられ、絹本着色五仏尊像(国重文)など貴重な仏画が残る名刹です。 申義堂 古い板塀の建物が沢山残っています 高砂神社 神功皇后が外征のとき、大己貴命の神助を得て敵を平らげられた。   帰国の途中、この地に船を寄せられ、国家鎮護のため、大己貴命を   まつられたのが高砂神社のはじまりです。   その後、天禄年間(970年)~(972年)国内に疫病が流行し、庶民が   苦しんでいた時、神託によって素盞嗚命、奇稲田姫命をあわせまつった   ところ、疫病がたちまちおさまったので、庶民は喜んでお礼参りをし…

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室生 龍穴神社ハイキング

(毎日37度や38度という猛烈な暑さが続き、熱中症で亡くなられる  方も増えているそうです。 コロナ感染も収まらないのに加えて  気の休まらない日が続いています。  天気予報でも、『危険な暑さです!』と親切にも言われていますので、  軟弱者の私はエアコンの効いた屋内でおとなしくしています。  ・・で、特段の記事も無いので、今回も古い記事を見直し、写真を新しく  して再掲させて頂きました。) 今からちょうど4年前の夏のこの日は35度を超える暑い日差しの中でしたが、 近鉄の室生口大野駅で下車し、 ここから東海自然歩道の山越えの道を、室生の龍穴神社・吉祥龍穴まで テクテクと歩いて来ました。 この数年前にも同じ道を歩きましたが、季節が違い、今回は大変体に きつく感じました。 丁度と言うのか、昨日のお昼頃からギックリ腰になりかけの様な腰の張りを 覚えていましたので、足も進みませんし、暑さともたたかいながらの ハイキングになりましたが、後で確認すると、お茶などの水分をぺットボトル 6本ほど飲んでいました。  かなりの量ですがいくらでも飲めそうな気分です。 大野寺 (カメラの設定が白黒になっていました) 真言宗室生寺派 伝承では白鳳9年(681年)、役小角(役行者)によって草創され、天長元年 (824年)に空海(弘法大師)が堂を建立して「慈尊院弥勒寺」と称したという。 役小角は修験道の開祖とされる伝説的要素の多い人物であ…

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赤目四十八滝

連日の猛暑続きの中、寝不足も続いていますが、外出も少なくなりました。 今回は、5年程前の夏に行きました赤目の四十八滝巡りのハイキングの 写真を差し替えたりしながら記事を再掲しました。 この時も膝の痛みを感じながら歩き通しましたが、今よりは歩けていた事を 改めて思い出しました。 今は、少しの坂道にも苦労しています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 午前八時過ぎに近鉄上本町で知人と待ち合わせて伊勢方面の電車 に乗り一時間少しかけて赤目口駅へ到着。 9時55分発のバスで 赤目滝まで約10分ほどでした。 赤目滝の入り口付近では、忍者装束のコスプレを楽しむ若い西洋人が 沢山居ましたが、私達はすぐにゲートで入場料400円を支払い、大サンショウ ウオを見てから谷川に沿って歩き出しました。 谷川をはさんで両側には山が迫っており、いたるところに落石注意 の看板が立てられていました。 川には大きな石がゴロゴロと沢山ころがっており、大昔から山肌を 落ちてきた石が今の景色を作っているように思いました。 大小の滝を見ながら川沿いの遊歩道を歩いていますと、風はありません でしたが、日陰が多いので割りと快適に歩いていけますが、所々に階段が つくられており、知らず知らずに登りながら上流に向かっていくように なつています。 そして川沿いの木々はもみじの木が多いようです。 秋には奇麗な紅葉が川面に映って見ごたえがある…

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祈りの復興支援~写経で被災地に笑顔を届ける

令和二年豪雨で、熊本、福岡、岐阜、など多くの地域で川が氾濫するなどして 大変多くの家屋への被害だけでなく、亡くなられた方も多くおられます。 私の知人も大牟田市で家屋が床上浸水に見舞われて、車をはじめ、多くの家具 家財が使えなくなり、今もまだ不便な生活を堪えているという状況だそうです。 その様な中で、神戸の須磨寺副住職の小池陽人氏が中心となり、神戸の真言宗寺院 四ヶ寺が協力し、     写経勧進により、特別御朱印授与。     写経奉納料を被災地に支援金として送る 運動をされていましたので、早速協力させていただきました、、(詳しくは下記に) 祈りの写経プロジェクト~写経で被災地に笑顔を~ 豪雨災害:人々の祈りの心を被災地へ届けるプロジェクト 笑顔プロジェクト絵はがきと特別朱印 お寺ができる息の長い被災地支援とは何か?新型コロナの影響もあり、被災地に 行って直接の支援が思うようにできない中で、お寺でできる被災地支援とは何か? 写経勧進による、特別ご朱印の授与。写経奉納料を被災地に支援金として送ります。 写経の功徳により、心の安寧を得る。奉納されたお寺で復興への祈りを重ねる。 奉納料は支援金として被災地の支援に繋がる。このような、施しの循環をお寺から 作り上げていきたいと思います。 合 掌 今回のプロジェクトの流れ 皆様に、被災地復興の祈りを込めて写経をしていただき、お寺に奉納(郵送)  していただく。…

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転法輪寺の蓮の華

垂水区の真言宗のお寺ですが、例年、この時期に訪れ、蓮の花を見るのを 楽しみにしています。 記事も今までのものと重複しますが、今年の蓮の花を見てください。 ただ時期的なものなのか、小さな弁天さんの池の蓮の花の多くは花弁を散らして おり、綺麗な花は少ししか見られなかったのが残念でした。 龍華山 転法輪寺 (高野山真言宗) 旧参道 本堂 弘法大師堂 護摩堂(不動明王) 鐘楼 弁天池と蓮の花

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初夏の須磨

今回の大雨で被害に逢われた方々へ、お見舞い申し上げますとともに一刻も早く 復旧されますことを願っております! まだまだ大雨の心配が残るところですが、少し須磨の海岸とその近辺を歩いて きました。 毎年、夏は砂浜に多くの海の家が建設され、海水浴の若者でにぎやかになる のですが、今年はコロナ騒動の影響で、ここ須磨の海水浴場も、海水浴禁止 になっています。 なぜか、警備員の小屋だけが造られていました。 そーしゃる でぃすたんす by アマビエ 須磨の海岸線近く。 昔の西国街道の浜街道の名残が、須磨浦通りとして 残っています。 須磨の離宮公園の東の植物園は、旧岡崎財閥の別邸があったところだそうです。 岡崎財閥は山崎豊子さんの「華麗なる一族」のモデルと言われています。 神戸に居ながら、岡崎財閥のことは、全く知りませんし、私のような小庶民 とは縁もない話だと思っていましたが、神戸銀行(現三井住友銀行) 神戸火災海上保険(現同和火災海上保険)の顧客として繋がっておりました。 このように海運、金融業から保険業で財をなした一族だということです。 その岡崎財閥当主岡崎忠雄氏の別邸がありましたのが、現在須磨離宮公園の 植物園だという事です。 植物園の和室庭園で財閥の気分を感じながら歩いてみました! 遠くに須磨の海が見られる高台です 当時の岡崎邸洋館の写真 …

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岡寺 悪疫悉除祈祷札 鍾馗様

東光山真珠院龍蓋寺(岡寺)は、飛鳥の地で古代から多くの人々の信仰を集めています。 こちらのお寺は、人々を苦しめる悪龍を、義淵さんが封じ込めたという伝説と 塑像の大きな如意輪観音さんが有名です。 西国七番の札所で『厄除観音』と言われています。 関西近郊の方はお詣りされたこともあるのではないでしょうか。 今回、新型コロナウイルスの流行に対して、 【南無大慈大悲観世音菩薩 新型肺炎感染早期終息祈願】 の願いを込めて    『鍾馗様の 悪疫悉除祈祷札』 を配布されていましたので紹介させていただきます。 岡寺さんに申し出ますと、この「悪疫悉除祈祷札」を無料送付していただけます! 鍾馗様は 鍾馗の縁起については諸説あるが、もともとは中国の唐代に実在した人物だとする 以下の説話が流布している。 ある時、唐の6代皇帝玄宗が瘧(おこり、マラリア)にかかり床に伏せた。 玄宗は高熱のなかで夢を見る。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、どこから ともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまう。 玄宗が大鬼に正体を尋ねると、 「自分は終南県出身の鍾馗。武徳年間(618年-626年)に官吏になるため科挙を 受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。 だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた」 と告げた。 夢から覚めた玄宗は、病気が治…

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瑞丘八幡神社 神戸垂水

神戸市垂水の厄神さんとして知られる。通称、垂水厄除八幡神社。  海岸線を走るJRや山陽電鉄の垂水駅から北方に駅前の商店街を抜け 高丸や瑞丘といわれ、少し高くなったところに海の方を向いて鎮座されています。  今は家やマンションが建ち、直接海は見えないようですが、昔は良く見えていたという 思いがしました。 天満宮・八幡宮・荒神宮の額 【御由緒】 (神社HPより引用) 瑞丘八幡神社、通称名を垂水厄除八幡神社。 創祀年代は不詳でありますが、垂水の古社である海神社が当八幡宮の主祭神、 神功皇后の祭祀により創祀されたと伝えられており(約1800年前)、 その由縁から、往古よりこの地に祀られていたと思われます。 現存する最も古い記録につきましては、現在のご本殿のご造営(文政6年、1823年) の際に奉納された棟札の裏書に、  「永禄七甲子年従上棟文政六癸未年迄二百六十年至」  (永禄7年[1564年]の上棟より文政6年[1823年]まで260年に至る) と記されています。  一方、その棟札には、鎮守の西垂水村のみならず、東垂水、塩屋、下畑、東名、西名、 滑、中山、奥畑、各村の庄屋、年寄の記名があり、また、明石藩家老の寄進安堵状 (元和6年、1620年)に「垂水郷八幡宮」と記されていることから、垂水各村、 明石藩からも尊崇され、垂水の八幡宮として祀られていたことを伺い知ることができます。  当八幡宮が「垂水…

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月見山の弓場八幡神社

今日は、三か月ぶりに電車に乗り病院へ定期検診に行ってきました。 電車の車内は、そこそこの込み具合で、周りの乗客の様子を確認しながら やや緊張しつつ、吊革を持っ手も気になりつつ我慢しながら目的の病院へ。 病院では、玄関で止められて、手の消毒と頭をカメラに移しての検温があり、 それを済まして待合室に入ると、二人掛けの椅子は一人使用になり、隣との 間にはビニールの仕切り幕が作られていました。 病院の待合所が一番感染リスクが高いと思われるので、病院側の工夫で対策を 取って頂いていると少しは安心ですね! それでも、血液検査や検診で一時間半程の時間がかかり疲れて帰ってきました。 途中、月見山にあります【弓場八幡】さんにお参りです。   今までにも記事にしていますが、今回は特にコロナ退散を意識して八幡大神様へ お詣りです! 【弓場八幡】   御祭神  誉田別尊 五十猛尊  菅原道真公   御由緒    一説に永延年間(987~989)第66代一條天皇の御代に創建されたと伝えられるが、    その年月日は不詳である。    誉田別尊を主祭神として奉斎し、明治中期頃より権現社・天満宮を境内末社と    して奉斎したが、昭和29年(1954)の本殿建替えを機に、その御祭神五十猛尊・    菅原道真公を合祀し、東須磨村一円の氏神としての崇敬はもとより、近郷の    信仰をも集め、厄除開運の神社として広く崇敬され…

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弘法大師誕生日・須磨寺

今日、6月15日はお大師さんのお誕生日という事です。 つまり、お大師さまは、宝亀五年(774年)六月十五日、讃岐国の屏風ガ浦 (香川県善通寺市)でお生れになりました。 お父さまは佐伯直田公、お母さまは玉依御前といいます。 ある日のこと、お父さまとお母さまが、「天竺のお坊さんが紫色に輝く雲に乗って、 お母さまのふところに入られる」という夢を同時にみられ、真魚さまがお生れに なりました。 この真魚さまが後の空海上人、弘法大師さまです。 真言宗では、このお生まれになった六月十五日を「青葉まつり」と称して、 お大師さまのお誕生をお祝いしています。 例年なら、各地の真言宗ゆかりのお寺では『青葉まつり』とか『いろは祭り』とか 言う形で、お大師さんのお誕生をお祝いする催しが開かれるのですが、今年は 新型コロナの影響で、人を集めての催しが全部中止になっています。 ここ須磨寺でも、同じく一般周知の催しは中止となりましたが、自主的にお参りに 来られる方のための、甘茶供養と、管長さんのお勤めだけは行われていました。 令和2年6月15日 午前10時 須磨寺・大師堂 稚児大師 大師堂・本堂 敦盛池・義経腰掛け松 敦盛池 句碑  尾崎 放哉 『こんな良い月を ひとりで見て寝る』  槙屋 西月 『ふる雨も 清水になるや 花のおく』  白崎 弘晧 『公達の…

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亡くなった幼い子供への思い(天神様と蓮)。 ウソ替え神事。

須磨の綱敷天満宮の話の続きです。 綱敷天満宮さんをお参りしました時に、駐車場の石垣に掲げられた掲示物の 中に、「天神さんと蓮の話」がありました。 詳しく読んでみますと、菅原道真公の子供さんの話でしたので、以下にその 話を書いてみます。 『天神様と蓮  〈夢阿満〉 -  阿満を夢む 阿満(あまろ)が死んでから ずっと今まで夜も眠ることができない 偶々眠ると夢に出てきて 夢の中でも涙を流し続けるのである 身長は去年の夏 三尺に余るほどにもなり 年齢は今年七つになるところだった 勉学に従事すれば 人の道の基本である孝について学びたいと言い 書を読めば(長編の)帝京篇を暗誦してしまうような聡い子であった 薬であの子の激しい痛みを和らげてやれたのはわずか十日 風があの子の体から遊離した魂を運び去ったのは九泉の国 それ以来 私は神を怨み 当初はあまりの悲しみに呆然として 天も地もないような思いだった 我が両の膝の空虚を見て あざけりたくなるのは お前の弟まで相次いで亡くなり  夭折した二児を一緒に葬らねばならなかったから 阿満についで、その小さな弟も死んだ 韋康・韋誕の二人の兄弟にも比すべき(と親の目には思われた) 我が子を相次いで失った 子供は親のものではなく 天地から仮に委ねられた蝉の抜け殻の ようなものという荘子の言葉を思っても やはり子を失った親は泣かずにはいられない どうしてこの悲しみに堪えられ…

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須磨の綱敷天満宮・諏訪神社

須磨の砂浜を一の谷から歩き、散歩の仕上げは綱敷天満宮を参拝しました。 この綱敷天満宮については、今までも何度か書いていますが、今回は梅の花も無く、 参拝者もいなくて静かな境内でした。 国道2号線側から見た、須磨綱敷天満宮境内 綱敷天満宮由緒 学問の神様、菅原道真公を祀る須磨の天神様 道真公は九州太宰府に左遷された際、須磨の浦で波が高くなり航海を中断されました。 その時、漁師達が網の大綱で円座を作り、お休みになられた事にちなんで創建された のが綱敷天満宮です。 天神様と蓮 北海道の名付け親 「北海道」名付けの親である松浦武四郎さんが納めた宝鏡があります。 二十五霊社とは「北海道」を命名した松浦武四郎の定めた天神社25社を指します。 手水舎(コロナ対策で柄杓を置いていません) 良縁・夫婦円満の木 影向松 拝殿 狛犬 この綱敷さんの境内には、縁起もんが沢山ありますが、神社さんの頑張りのあらわれだと 思います。 そして、その一つ一つに丁寧な説明が添えられています。 綱敷(円座) 綱敷の円座 道真公がお休みになられたとされる漁網の円座を模した縁起物 「なす」のこしかけ 願いをかなえる「なすの腰かけ」 何でも願いが叶うというなすの腰掛け 「なす」の花は…

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須磨の海浜植物

外出自粛の規制も解除が進みつつありますが、まだまだマスクは必要ですね! 五月の好天気を散歩で楽しみつつ須磨海岸を歩いていますと、多くの若者が砂浜で 遊んでいます。 勿論、若者のグループ内の距離感は心配になるほど密着状態ですが、これが若者なりの 社会的距離の表現だと納得してみていました。 その、須磨海岸の一部に『海浜植物』を保護?エリアがありました。 私は、花の事はあまり分からないのですが、看板を見ながら『海浜植物』と言われる 植物を探してみました。 須磨の海浜植物群落  兵庫県版レッドデーターブックCランク  ① ツルナ  ② コウボウムギ  ③ コウボウシバ  ④ オカヒジキ  ⑤ ハマダイコン ⑥ ハマボウフウ ⑦ ハマヒルガオ  ⑧ ハマゴウ  ⑨ ハマエンドウ 海浜植物は波・風・潮、砂や紫外線などの影響を受ける激しい環境に生育。 そのために、背を低くする、根を深くする、葉の表面を固くして水分を体内に 蓄える・・などの工夫をして生活しています。 海浜植物の名前が間違えているかもしれませんが、写真で紹介します。 (間違いがありましたら指摘していただければありがたいです) 【ツルナ】 【コウボウムギ】 【コウボウシバ】 【オカヒジキ】 【ハマダイコン】 ハマダイコンのサヤを食べること…

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カエル公園リニューアル

昨年の12月19日の記事で、須磨のカエル公園について書きました。 長年、天井川公園の一角で子供たちに親しまれてきたカエルの滑り台が 老朽化してきたために撤去して作り直すという話でした。 以下の記事です! https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/cms/article/edit/input?id=38245437 (以前のカエルの姿!) その推定年齢50歳と言われていたカエルの滑り台を撤去して、今回新しい カエルの滑り台が出来上がっていましたので、報告させて頂きます。 以前のものは滑り台の上り口が、カエルの背中を登るという形で、まともな 階段もなく、小さい子供には危険なような作りでした。 今回は、背中の真ん中に階段を拵えて、口から出した真っ赤な長い舌を滑り 降りる形に変更されています。 こちらの方が、以前より安全ですね! (写真で見てください!) 天井川越しに見た新しいカエルの滑り台。 上を阪神高速が走っています。

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天の香久山と天岩戸神社・月の誕生石・天香久山神社

     春すぎて 夏来にけらし 白妙の                        衣ほすてふ 天の香具山                        持統天皇 百人一首を通じて多くの人に知られている和歌ですが、天の香久山は大和三山の 一つとしても日本人の潜在意識に深く刻まれ、誰もが郷愁の様な懐かしさを呼覚ます 意識のもとになっているのではないか、という思いを持っています。 今回は、以前に歩きました、大和三山ハイキングの記事を元に、天の香久山を 中心に記事を書き直しました。 (写真はクリックで大きくなります) 藤原京(694~710)朱雀大路跡 朱雀大路跡から藤原京の内裏方面を見る。 後ろに耳成山が望めます 【天の香具山】 【天の岩戸神社】   この天の香具山の麓にあります天の岩戸神社は小さな磐座が御神体のように   見えました  【天岩戸と七本竹の伝説】  奈良盆地に美しい山容を見せる大和三山。畝傍山、耳成山、天香具山。中でも   天香具山は、もとは天にあって、それが降りてきたとの神話から、とくに神聖視  されてきた。  その天香具山の南麓、橿原市南浦に天岩戸神社がある。  今回は、その神社に伝わる『古事記』でもおなじみのお話。                  *  昔、天照大神という、天を照らす姉神さまと、須佐之男命という乱暴な弟神さま …

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伊勢の【天の岩戸】と風穴

日本神話の中でも、日本人なら誰もが知る話と言えば、天照大御神様の 天岩戸隠れの話があるのではないでしょうか!? その天岩戸と言われる場所も、日本中には沢山あるようです。 なかでも宮崎の高千穂にあります、天岩戸が大変有名ですし、神話を 偲ばせる、岩戸に天安河原など舞台装置は十分なものがあるところです。 ところで、伊勢の内宮近くの山中にも天の岩戸といわれるところがあり、 知人の案内で行きました時の記録です。 内宮から五十鈴川沿いの山道(伊勢道路)を20分程走り、神路ダム沿いの道の先 の山中に天の岩戸といわれるところがあります(志摩郡磯部町恵利原) 参道はずっと奥に続いています 参拝する人も見えず、静けさが迫ってきます。 こちらもパワースポットに興味のある人にはたまらないところです。 観光客が多く押し寄せるようなところではなく、また、もちろん周囲に 家なども全くない静かな山中です。 高い木々に囲まれた長い参道を少人数で歩いていると少し不安になるような 思いがありました。 禊の瀧 周りを山と杉の木々に囲まれた空間です 天の岩戸   小さな岩穴から綺麗な水がパイプを通って流れ出ていました  (ここは、日本名水百選にもえらばれている、江里原水穴とも言われています) 天の岩戸から風穴に向かう道 天の岩戸から山道を1…

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