丹波立杭焼の里
今日、19日の外気温は21度を超え、一気に春めいて来ています。
外に出ても、風もなく、穏やかな日差しが気持ちよく感じられる一日でしたが、
久し振りに、丹波立杭焼きの里、今田町迄車を走らせて来ました。
と、言いましても個別の窯元を見て回るのではなく、丹波伝統工芸公園【陶の郷】
で、各窯元の小さなブースを見て楽しみました。
昔ながらの、丹波焼の焼き物を主体にしているところもありましたが、大部分の
窯元では、現代風の色合いやデザイン、手ごろな値段で売られていたように思い
ました。
まずは、リニューアルされた、【道の駅 淡河】に立ち寄り、 『十割そば』の
天ざるを頂きました。 いつも多くのお客で待たされることも多い、人気の
お店ですが、今日は10時半の開店と同時に入店したので、直ぐに食べることが
出来、早めのお昼になりました。
淡河城跡
この地にいた 淡河氏は鎌倉北条一族で副執権北条時房の所領であった。
南北朝時代には播磨守護赤松則村(円心)と対立して攻められ落城している。
文明18年(1486年)には三木城主別所則治に属し、別所氏に従って織田信長の命に
より各地を転戦した。
しかし、天正6年(1578年)別所長治は毛利と結び織田氏と対立するようになると
淡河氏もこれに同調し、羽柴秀吉によって三木城が攻撃されると、淡河城も同様
に攻められ、 時の城主淡河定範は敵陣に牝馬を放ち、敵を敗走させた後、
城に火を放って三木城へと入…











病体は病体として、病気にしないように生活全般を見直して行こうと思って
います。
まずは、運動習慣を心がけて体重減を目指し、心臓の負担を減らしたいと
思います。
それで今日は、気分を改めて須磨寺駅近くのお寺の梅を探して歩いて来ました。
源氏寺現光寺
正しくは、藩架山現光寺(ませがきさんげんこうじ)。
浄土真宗西本願寺派。1514年(永正11年)、浄教上人の開基といわれ、
ご本尊は阿弥陀如来です。
江戸時代の地誌では、ここが光源氏の居住地と伝えられており、昔は
「源光寺」・「源氏寺」とも呼ばれていました。
おはすべき所は行平中納言の
藻潮たれつつわびける家居近き
わたりなりけり 海面はやや入りて
あはれにすごげなる山なかなり
正岡子規の句碑
読みさして 月が出るなり 須磨の巻
芭蕉の句碑
見渡せば ながむれば みれば 須磨の秋
光源氏月見の松
謡曲「須磨源氏」と現光寺
謡曲「須磨源氏」は、日向国宮崎の社宮 藤原興範が、伊勢参宮の途次、
須磨の裏に立寄ると、老樵夫が桜の木陰から現われ、光源氏の一代の略歴
を物語り、自分はその化身であることを仄めかす。
その夜旅枕の興範の前に菩薩となっている光源氏が兜卒天より気高く優麗
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