須磨寺今昔

いつもお世話になっています須磨寺ですが、最近、明治初期の須磨寺と言う写真を 見ました。 時代の変化で須磨寺周辺も大きな変化があったことは色々聞いていましたが、 たった1枚ですが、お寺境内の写真を見ると、その変化は大きいものがあったと言う 事がよく分かりました。 明治初期としか分かりませんが、本堂に通じる参道両側には現在 桜寿院・蓮生院、 山門前に正覚院と塔頭寺院がありますが、写真では全くの空き地になっています。 具体的な歴史の変動は分かりませんが、古い絵図などでは華やかな境内の様子が 見られることに比べると寂しい限りです。 宝物館で見られます桃山時代の華やかな様子が分かる絵図ですが、ガラスケースの中で、 写真ではよく分かりませんね。 この説明書きの中には、幕末にかけての幾多の人災・天災で、七堂十二坊あった 沢山の伽藍も仁王門と本堂、太子堂を残すだけになったと書かれています。 (この人災という言葉の中には、「廃仏毀釈」などの影響もあるのかなという 思いがしました。) その時の状態が、この様な写真で残っているのですね。 その後、明治中期から復興に尽力し、現在のような姿になったということですが、 多くの信者さんの協力もあったものとおもわれます。 塔頭寺院 正覚院 龍華橋から山門へ 塔頭寺院 桜寿院 塔頭寺院 貞照寺 鯖大師 及び 蓮生院  この貞照寺は、元々…

続きを読む

須磨寺 火渡り修行

恒例になっている秋のイベント、『須磨寺火渡り修行』ですが、今年は新型コロナの 影響で開催が危ぶまれていました。 その為、当初は入場制限を掛けるような話も聞こえて来ていましたが、なんとか 例年並みの柴燈護摩。火渡り修行。が無事行われ、多くの善男善女が秋晴れの中で 無病息災を祈っていました。 例年、似たような写真ばかりですが、今年はマスク姿での参列者が特に目立つ イベントになっています。 本堂内陣 行者さんの登場 本堂前での法要 柴燈護摩 梵天加持 火渡り行 熱湯加持 一般信者火渡り

続きを読む

新長田の町興し

阪神淡路の大震災で、新長田付近のアケード商店街が火災で燃え上がり、 鉄骨がグニャリとへし曲がったニュース映像を覚えておられる方も多いと 思います。 その後、商店街は復興したものの、震災による人口流出は元の様には戻らず、 また復興ビルの動線の悪さから、お客さんの流れが偏りました。 その為に借金をしてテナントを借りたものの経営が困難で店を閉めたところも 沢山出たようです。 多くの困難の中、地域の町興しとして、神戸出身の横山光輝先生の作品から『鉄人28号』や『三国志」 を中心に団結して進んでいます。 新長田の鉄人広場から、新長田一番街~大正筋商店街~六間道商店街~まる五市場などを 巡り歩き、三国志のモニュメントなどを見て来ました。 2009年に完成 鉄人28号モニュメント 新長田一番街商店街 大正筋商店街 神戸映画資料館 関羽 石像 商店街の通路には、著名人たちの陶板で作られた手形や激励の言葉が沢山はめ込まれています。 こちらは将棋関係のものでした 谷川浩司さん、羽生善治さんなどの名前が見られました。 他にも、野球やサッカー選手の他、お笑い関係の人達の名前も見られました。 六間道商店街 魏 武帝廟 周瑜像 八家地蔵尊 まる五市場 …

続きを読む

秋の鉄人広場 中国武術演武会

神戸、JR新長田駅近くに鉄人28号の等身大モニュメントがあります。 淡路・阪神大震災でこの付近の商店街は、火災で全焼しました。 私も、当時は長田に職場があり、震災の瓦礫で道路も通れない状況の中、 単車で職場に駆け付けましたが、扉もひしゃげて入れない状態で、その後 会社からの連絡があるまで1週間以上時間が掛かったことなどを思い出しました。 この震災以降長田は未だに以前のような賑わいが戻っていないという話ですが、 この鉄人28号を復興のシンボルとして地域のイベントが色々行われています。 今年は、コロナの影響で多くのイベントが縮小されたり、取り止めになったりしている 事が多いのですが、昨日は、この広場で中国武術の演武会が開かれていました。 なかなか写真のタイミングが難しく、出来の悪いスナップばかりですが掲載しておきます。

続きを読む

本断食15日目 途中経過記録

2~3か月前、体の違和感を感じてから減糖・減食・青汁断食・本断食と取り組み 出してから、早いもので5週間以上経過しました。 今日(10月25日)で、本断食15日になりましたので、少し今までの経過を記録 しておきます。 私の体の違和感の部位や症状は個人的なことですので、ここには書きませんが、 かなり強い違和感があり、部位や症状の変化も自分自身の中では明確に分かる 様な状況でした。 その、気になる違和感を取り除くべく、個人的な判断で取り組んだのが、 初めに粉末青汁を中心にして普通の食事を一気に止めてしまいました。  9月18日(金) 青汁断食開始     朝 粉末青汁(ハイ・ゲンキ。大麦若葉粉末。乳酸菌)   昼 スピルリナ粉末(酵素・乳酸菌入り)   夜 粉末青汁 たまにお豆腐を温めて食べる。オクラ少々。   このパターンで減糖・減食に胃腸を慣らし、体の血液の浄化を目指す。     9月24日(木) この日より、「ウルトラプレミアム発酵液」という酵素を追加   固形物は殆ど摂ってはいないが、日に1時間から1時間半の散歩を継続。     9月27日(日) 散歩時の坂道、階段の上り下りがきつく感じられる。   気になる体の違和感がひどくなったように感じられる。   違和感の場所も少し移動。   その後も、同じような粉末青汁がメインの食事?を続けながら、日常生活は   普段通りに過ごす。 特に飢餓感や食欲に悩まされるような…

続きを読む

ダ・ダ・ダ~ン 断‣断・断

以前から断捨離という言葉がブームになっていますが、他に断食・断糖・断小麦・ 断炭水化物などという事が健康に影響を与えるという事で、熱心に実行されている方も おられるようです。 その他にも、玄米菜食が良いとか言われたかと思うと、最近では肉食で元気で 長寿の方が話題になったりと、正直、人それぞれの食養があるというのが実際の 感想を持っています。 ただ、何かを全く排除する「断○○」は極端なように思いますが、生活習慣を ガラリと切り替え、新たな習慣を形成するには、この様な思い切りも必要では ないかと思っています。 比叡山の千日回峰行者さんなどは、回峰行で体と精神を鍛えた後の総仕上げとして 九日間の断水・断食だけでなく断眠・断臥(横にならない)を続けながら読経を 続けるという話です。 たまにニュースなどで見ても壮絶さが伝わる場面が 映し出されますが、行者さんの話では、最後には自分自身の死臭を嗅ぐ様なことも あるということです。 ところで、何故唐突にこの様なことを書いているかと言いますと、数週間前から 体調があまり良くなく、その体の不調が一向に良くならないのですが、医者に行く のも嫌なので、何とか食生活をリセットすることで、体の違和感を解消したいと いう気持ちが強くなり減食から完全断食を今、実行しています。 お蔭で、体の気になる違和感は2割ぐらいまで減少し、今少しの頑張りが必要な ところだと思い頑張っています。 体の違和感…

続きを読む

鏡作神社

奈良、近鉄橿原線の田原本町近辺を散策しながらの神社巡りを楽しみ ました。(最近ではなく4年前のはなしですが・・・) あまり宛てもなく降りた駅でしたが、駅前の「観光ステーション」で地図を もらい、鏡作神社と唐古・鍵遺跡方面を目指して歩き始めました。 この田原本町は駅前の寺内町という、江戸時代の古い街並みが有名な ようなのですが、今回は先を急いで、まず鏡作神社へ参拝です。 この辺りには、色々な鏡作神社があります。    鏡作坐天照御魂神社 (八尾)    石見の鏡作神社 (三宅町石見) 御祭神 石凝姥命    鏡作伊多神社 (宮古) 御祭神 石凝姥命(伊多神・天香山神)    鏡作伊多神社 (保津) 御祭神 石凝姥命    鏡作麻気神社 (小坂) 御祭神 天糠戸命(天麻比止都命) この辺りは古代の鏡作部の本拠地であり、分業体制で鏡を作っていたものと 思われます。 それぞれの分野が神社の名前から読み取れます。    伊多神社は鏡を製造する過程で、金属を板状にする作業を表す、とか           鋳造する作業を表すとか考えられています    麻気神社は鏡を磨く作業 それらを統括していたのが 鏡作坐天照国照御魂神社。 鏡作坐天照御魂神社 シンプルで広い境内が気持ち良いです 鏡石 鏡池 神鏡 倭名抄」鏡作郷の地に鎮座する式内の古社である。 第10…

続きを読む

加東市 上鴨川住吉神社

酷暑だった夏も過ぎ随分と過ごしやすくなりました。 この日は、爽やかな秋晴れの中、気ままに車を走らせていましたが、 気になるところで車を止めて写真を撮ったりして楽しみました。 この上鴨川住吉神社も、偶然通りがかった道路脇に「国指定重要文化財」の 碑を見かけたので立ち寄りました。 加東市の上鴨川神社 神事舞 上鴨川住吉神社に奉納される舞踊で、厳格な宮座制度によって継承され、中世の田楽や 猿楽に由来する形態を色濃くとどめているといわれています。 現在は、毎年10月の第1土・日曜日に宵宮・本祭と2日かけて祭礼が行われています。 宵宮では、漆黒の闇の中で、境内の斎灯によって照らしだされて舞踊が演じられます。 諸々の宮ごとの後に斎灯が焚かれ、割り拝殿で神楽が舞われたのち、柴燈の明かりを 頼りに、舞台を境内に移して王の舞が始まります。 リョンサン舞や太刀の舞といわれる王の舞は、トリカブトに鼻高面をつけて演じられ、 方固めであるとされています。 その後演じられる獅子舞は境内を廻るだけに形骸化した形で残されています。 田楽は太鼓、鼓、ビンササラ、チョボなどの楽器、頭にはガッソウという弊を被り、 七番の舞があります。更に扇を持って舞うイリ舞を演じます。 翌日の本宮では、宵宮で披露された舞踊とともに、高足という全国的にはほとんど 演舞例がない舞が演じられ、さらに、猿楽に起因するという翁舞7番が演じられています …

続きを読む

須磨寺 祈りの音楽会

コロナ騒動がまだまだ収まりそうにありませんが、少しづつ以前のような活動に 近づいているような気がしています。 そんな中、今まで多くのイベントが中止になっていた須磨寺でも少しづつ イベントの復活が見られるようになって来ました。 今回は 『絵から音へ 祈りの音楽会』 ということでしたが、少しだけ 様子を見て来ました。 (少しですが、その時のスナップ写真です)   声明  小池 陽人   音楽  sandhya  絵   みしま あきひろ イベントとは関係ありませんが・・・ 鯖大師 鯖大師絵伝 帝釈天? 桜寿院さんの弁財天  

続きを読む

『コロナ大仏』造立 全国勧進 須磨寺

4日の金曜日。 須磨寺の護摩堂で『コロナ大仏』造立全国勧進の法要が 行われていました。    コロナ大仏(ひな形?) 毎日新聞の記事を引用させていただくと、次のようなことがかかれています。  新型コロナウイルス禍を機に「コロナ大仏」を造立しようと活動  している僧侶たちが4日、須磨寺(神戸市須磨区)で法要を営み、資金集めの  ための「勧進キャラバン」をスタートした。  11月まで全国各地で法要を続けながら、大仏の大きさや造り方、設置場所などを  決める。  大仏造立プロジェクトを始めたのは、美術家でもある曹洞宗の僧侶、風間天心さん  (41)=札幌市=と、風間さんが所属するアーティスト集団  「ジャーマンスープレックスエアライン」(尼崎市)の前田真治代表(44)ら。  「気持ちを前向きにし、未来へと転化させるシンボルを」と、古くから苦難の時に  造られてきた「大仏」に挑戦することにした。  5~6月にはクラウドファンディングで、キャラバンのための資金約385万円を  集めた。  この日は、趣旨に賛同した須磨寺の小池陽人(ようにん)副住職(33)が護摩堂  で法要。  キャラバンのために風間さんが彫った「勧進仏像」の前で僧侶らが読経し、  新型コロナ感染拡大により開催できなかったイベントのチラシなどを参列者が仏像に  貼り付けて「供養」した。  参列した明石市の主婦、森西千春さん(48…

続きを読む

食パン大好き市民

一日当たりの一世帯当たり食パンへの支出額日本一の町というランキングが ありますが、神戸市が全国一という事です。 一位 神戸市   二位 松江市   三位 奈良市   四位 和歌山市   五井 堺市  ・・・と続いています 八月三十一日の読売新聞の記事には   『食パン専門店 元町の陣』  『駅南500メートル圏内に7店』   『支出額全国一 神戸で成功するのは夢』 と言った見出しが書かれていました。 確かに、食パンに限らず街中にはパン屋さんの数も多く、どこで買っても 美味しいところばかりですが、最近は高級食パンが注目されているようです。 焼きたての高級食パンは数量が限られるためか、焼き上がり時間前には常に 店頭で行列ができています。 因みに、勿論元町だけでなく他にも美味しい高級食パンを販売されている お店が沢山ありますので、少し調べてみました。   「明日の食パン 神戸三宮店」・・ 無添加食パン   「ぱんのき」・・ 神戸で入手最難関。 幻の食パン   「銀座に志かわ 神戸三宮店」   「panya芦屋 神戸三宮店」   「神戸気質(ごころ) 板宿」   「神戸結(ゆい) 六甲道」   「BAKERYコウベ堂 住吉」・・大関酒造の酒粕をブレンド   「HARE/PAN 六甲道」   「BAKU BAKU(麦麦) 御影」   「ヨーキーズ ベーカリー 三宮」   「地蔵家 六甲」   「食パン工房 匠…

続きを読む

高砂周辺・高砂神社

少し以前ですが、山陽電車の高砂駅で下車し、高砂の街を散策し、高砂神社にお参りして きました。 高砂は古い街らしい雰囲気が、昔懐かしい建物とともに残っていました が、古い商店街はシャッター街となり、人影も少なくて寂しい感じが しました。 スナップ写真です! 山陽高砂駅前 このような昔の町内案内表示が街のあちこちにありました 旧国鉄の高砂駅跡地 国鉄の高砂線が現役の頃が高砂の街が一番賑わった頃のようです 旧高砂駅前の銀座商店街 十輪寺 念仏塚 十輪寺は寺伝によれば弘仁6年(815年)に弘法大師が勅命により創建。 後に讃岐へ流される途中、立ち寄った法然上人が寺を復興、浄土宗に転宗した と伝えられ、絹本着色五仏尊像(国重文)など貴重な仏画が残る名刹です。 申義堂 古い板塀の建物が沢山残っています 高砂神社 神功皇后が外征のとき、大己貴命の神助を得て敵を平らげられた。   帰国の途中、この地に船を寄せられ、国家鎮護のため、大己貴命を   まつられたのが高砂神社のはじまりです。   その後、天禄年間(970年)~(972年)国内に疫病が流行し、庶民が   苦しんでいた時、神託によって素盞嗚命、奇稲田姫命をあわせまつった   ところ、疫病がたちまちおさまったので、庶民は喜んでお礼参りをし…

続きを読む

室生 龍穴神社ハイキング

(毎日37度や38度という猛烈な暑さが続き、熱中症で亡くなられる  方も増えているそうです。 コロナ感染も収まらないのに加えて  気の休まらない日が続いています。  天気予報でも、『危険な暑さです!』と親切にも言われていますので、  軟弱者の私はエアコンの効いた屋内でおとなしくしています。  ・・で、特段の記事も無いので、今回も古い記事を見直し、写真を新しく  して再掲させて頂きました。) 今からちょうど4年前の夏のこの日は35度を超える暑い日差しの中でしたが、 近鉄の室生口大野駅で下車し、 ここから東海自然歩道の山越えの道を、室生の龍穴神社・吉祥龍穴まで テクテクと歩いて来ました。 この数年前にも同じ道を歩きましたが、季節が違い、今回は大変体に きつく感じました。 丁度と言うのか、昨日のお昼頃からギックリ腰になりかけの様な腰の張りを 覚えていましたので、足も進みませんし、暑さともたたかいながらの ハイキングになりましたが、後で確認すると、お茶などの水分をぺットボトル 6本ほど飲んでいました。  かなりの量ですがいくらでも飲めそうな気分です。 大野寺 (カメラの設定が白黒になっていました) 真言宗室生寺派 伝承では白鳳9年(681年)、役小角(役行者)によって草創され、天長元年 (824年)に空海(弘法大師)が堂を建立して「慈尊院弥勒寺」と称したという。 役小角は修験道の開祖とされる伝説的要素の多い人物であ…

続きを読む

赤目四十八滝

連日の猛暑続きの中、寝不足も続いていますが、外出も少なくなりました。 今回は、5年程前の夏に行きました赤目の四十八滝巡りのハイキングの 写真を差し替えたりしながら記事を再掲しました。 この時も膝の痛みを感じながら歩き通しましたが、今よりは歩けていた事を 改めて思い出しました。 今は、少しの坂道にも苦労しています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 午前八時過ぎに近鉄上本町で知人と待ち合わせて伊勢方面の電車 に乗り一時間少しかけて赤目口駅へ到着。 9時55分発のバスで 赤目滝まで約10分ほどでした。 赤目滝の入り口付近では、忍者装束のコスプレを楽しむ若い西洋人が 沢山居ましたが、私達はすぐにゲートで入場料400円を支払い、大サンショウ ウオを見てから谷川に沿って歩き出しました。 谷川をはさんで両側には山が迫っており、いたるところに落石注意 の看板が立てられていました。 川には大きな石がゴロゴロと沢山ころがっており、大昔から山肌を 落ちてきた石が今の景色を作っているように思いました。 大小の滝を見ながら川沿いの遊歩道を歩いていますと、風はありません でしたが、日陰が多いので割りと快適に歩いていけますが、所々に階段が つくられており、知らず知らずに登りながら上流に向かっていくように なつています。 そして川沿いの木々はもみじの木が多いようです。 秋には奇麗な紅葉が川面に映って見ごたえがある…

続きを読む

祈りの復興支援~写経で被災地に笑顔を届ける

令和二年豪雨で、熊本、福岡、岐阜、など多くの地域で川が氾濫するなどして 大変多くの家屋への被害だけでなく、亡くなられた方も多くおられます。 私の知人も大牟田市で家屋が床上浸水に見舞われて、車をはじめ、多くの家具 家財が使えなくなり、今もまだ不便な生活を堪えているという状況だそうです。 その様な中で、神戸の須磨寺副住職の小池陽人氏が中心となり、神戸の真言宗寺院 四ヶ寺が協力し、     写経勧進により、特別御朱印授与。     写経奉納料を被災地に支援金として送る 運動をされていましたので、早速協力させていただきました、、(詳しくは下記に) 祈りの写経プロジェクト~写経で被災地に笑顔を~ 豪雨災害:人々の祈りの心を被災地へ届けるプロジェクト 笑顔プロジェクト絵はがきと特別朱印 お寺ができる息の長い被災地支援とは何か?新型コロナの影響もあり、被災地に 行って直接の支援が思うようにできない中で、お寺でできる被災地支援とは何か? 写経勧進による、特別ご朱印の授与。写経奉納料を被災地に支援金として送ります。 写経の功徳により、心の安寧を得る。奉納されたお寺で復興への祈りを重ねる。 奉納料は支援金として被災地の支援に繋がる。このような、施しの循環をお寺から 作り上げていきたいと思います。 合 掌 今回のプロジェクトの流れ 皆様に、被災地復興の祈りを込めて写経をしていただき、お寺に奉納(郵送)  していただく。…

続きを読む

転法輪寺の蓮の華

垂水区の真言宗のお寺ですが、例年、この時期に訪れ、蓮の花を見るのを 楽しみにしています。 記事も今までのものと重複しますが、今年の蓮の花を見てください。 ただ時期的なものなのか、小さな弁天さんの池の蓮の花の多くは花弁を散らして おり、綺麗な花は少ししか見られなかったのが残念でした。 龍華山 転法輪寺 (高野山真言宗) 旧参道 本堂 弘法大師堂 護摩堂(不動明王) 鐘楼 弁天池と蓮の花

続きを読む

初夏の須磨

今回の大雨で被害に逢われた方々へ、お見舞い申し上げますとともに一刻も早く 復旧されますことを願っております! まだまだ大雨の心配が残るところですが、少し須磨の海岸とその近辺を歩いて きました。 毎年、夏は砂浜に多くの海の家が建設され、海水浴の若者でにぎやかになる のですが、今年はコロナ騒動の影響で、ここ須磨の海水浴場も、海水浴禁止 になっています。 なぜか、警備員の小屋だけが造られていました。 そーしゃる でぃすたんす by アマビエ 須磨の海岸線近く。 昔の西国街道の浜街道の名残が、須磨浦通りとして 残っています。 須磨の離宮公園の東の植物園は、旧岡崎財閥の別邸があったところだそうです。 岡崎財閥は山崎豊子さんの「華麗なる一族」のモデルと言われています。 神戸に居ながら、岡崎財閥のことは、全く知りませんし、私のような小庶民 とは縁もない話だと思っていましたが、神戸銀行(現三井住友銀行) 神戸火災海上保険(現同和火災海上保険)の顧客として繋がっておりました。 このように海運、金融業から保険業で財をなした一族だということです。 その岡崎財閥当主岡崎忠雄氏の別邸がありましたのが、現在須磨離宮公園の 植物園だという事です。 植物園の和室庭園で財閥の気分を感じながら歩いてみました! 遠くに須磨の海が見られる高台です 当時の岡崎邸洋館の写真 …

続きを読む

岡寺 悪疫悉除祈祷札 鍾馗様

東光山真珠院龍蓋寺(岡寺)は、飛鳥の地で古代から多くの人々の信仰を集めています。 こちらのお寺は、人々を苦しめる悪龍を、義淵さんが封じ込めたという伝説と 塑像の大きな如意輪観音さんが有名です。 西国七番の札所で『厄除観音』と言われています。 関西近郊の方はお詣りされたこともあるのではないでしょうか。 今回、新型コロナウイルスの流行に対して、 【南無大慈大悲観世音菩薩 新型肺炎感染早期終息祈願】 の願いを込めて    『鍾馗様の 悪疫悉除祈祷札』 を配布されていましたので紹介させていただきます。 岡寺さんに申し出ますと、この「悪疫悉除祈祷札」を無料送付していただけます! 鍾馗様は 鍾馗の縁起については諸説あるが、もともとは中国の唐代に実在した人物だとする 以下の説話が流布している。 ある時、唐の6代皇帝玄宗が瘧(おこり、マラリア)にかかり床に伏せた。 玄宗は高熱のなかで夢を見る。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、どこから ともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまう。 玄宗が大鬼に正体を尋ねると、 「自分は終南県出身の鍾馗。武徳年間(618年-626年)に官吏になるため科挙を 受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。 だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた」 と告げた。 夢から覚めた玄宗は、病気が治…

続きを読む

瑞丘八幡神社 神戸垂水

神戸市垂水の厄神さんとして知られる。通称、垂水厄除八幡神社。  海岸線を走るJRや山陽電鉄の垂水駅から北方に駅前の商店街を抜け 高丸や瑞丘といわれ、少し高くなったところに海の方を向いて鎮座されています。  今は家やマンションが建ち、直接海は見えないようですが、昔は良く見えていたという 思いがしました。 天満宮・八幡宮・荒神宮の額 【御由緒】 (神社HPより引用) 瑞丘八幡神社、通称名を垂水厄除八幡神社。 創祀年代は不詳でありますが、垂水の古社である海神社が当八幡宮の主祭神、 神功皇后の祭祀により創祀されたと伝えられており(約1800年前)、 その由縁から、往古よりこの地に祀られていたと思われます。 現存する最も古い記録につきましては、現在のご本殿のご造営(文政6年、1823年) の際に奉納された棟札の裏書に、  「永禄七甲子年従上棟文政六癸未年迄二百六十年至」  (永禄7年[1564年]の上棟より文政6年[1823年]まで260年に至る) と記されています。  一方、その棟札には、鎮守の西垂水村のみならず、東垂水、塩屋、下畑、東名、西名、 滑、中山、奥畑、各村の庄屋、年寄の記名があり、また、明石藩家老の寄進安堵状 (元和6年、1620年)に「垂水郷八幡宮」と記されていることから、垂水各村、 明石藩からも尊崇され、垂水の八幡宮として祀られていたことを伺い知ることができます。  当八幡宮が「垂水…

続きを読む

月見山の弓場八幡神社

今日は、三か月ぶりに電車に乗り病院へ定期検診に行ってきました。 電車の車内は、そこそこの込み具合で、周りの乗客の様子を確認しながら やや緊張しつつ、吊革を持っ手も気になりつつ我慢しながら目的の病院へ。 病院では、玄関で止められて、手の消毒と頭をカメラに移しての検温があり、 それを済まして待合室に入ると、二人掛けの椅子は一人使用になり、隣との 間にはビニールの仕切り幕が作られていました。 病院の待合所が一番感染リスクが高いと思われるので、病院側の工夫で対策を 取って頂いていると少しは安心ですね! それでも、血液検査や検診で一時間半程の時間がかかり疲れて帰ってきました。 途中、月見山にあります【弓場八幡】さんにお参りです。   今までにも記事にしていますが、今回は特にコロナ退散を意識して八幡大神様へ お詣りです! 【弓場八幡】   御祭神  誉田別尊 五十猛尊  菅原道真公   御由緒    一説に永延年間(987~989)第66代一條天皇の御代に創建されたと伝えられるが、    その年月日は不詳である。    誉田別尊を主祭神として奉斎し、明治中期頃より権現社・天満宮を境内末社と    して奉斎したが、昭和29年(1954)の本殿建替えを機に、その御祭神五十猛尊・    菅原道真公を合祀し、東須磨村一円の氏神としての崇敬はもとより、近郷の    信仰をも集め、厄除開運の神社として広く崇敬され…

続きを読む