丹波立杭焼の里

今日、19日の外気温は21度を超え、一気に春めいて来ています。 外に出ても、風もなく、穏やかな日差しが気持ちよく感じられる一日でしたが、 久し振りに、丹波立杭焼きの里、今田町迄車を走らせて来ました。 と、言いましても個別の窯元を見て回るのではなく、丹波伝統工芸公園【陶の郷】 で、各窯元の小さなブースを見て楽しみました。 昔ながらの、丹波焼の焼き物を主体にしているところもありましたが、大部分の 窯元では、現代風の色合いやデザイン、手ごろな値段で売られていたように思い ました。 まずは、リニューアルされた、【道の駅 淡河】に立ち寄り、 『十割そば』の 天ざるを頂きました。 いつも多くのお客で待たされることも多い、人気の お店ですが、今日は10時半の開店と同時に入店したので、直ぐに食べることが 出来、早めのお昼になりました。 淡河城跡 この地にいた 淡河氏は鎌倉北条一族で副執権北条時房の所領であった。 南北朝時代には播磨守護赤松則村(円心)と対立して攻められ落城している。 文明18年(1486年)には三木城主別所則治に属し、別所氏に従って織田信長の命に より各地を転戦した。 しかし、天正6年(1578年)別所長治は毛利と結び織田氏と対立するようになると 淡河氏もこれに同調し、羽柴秀吉によって三木城が攻撃されると、淡河城も同様 に攻められ、 時の城主淡河定範は敵陣に牝馬を放ち、敵を敗走させた後、 城に火を放って三木城へと入…

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疫病(コロナウイルス)退散祈願 多井畑厄神参拝

中国では、新型コロナウイルスに勝ったなどと言い、イタリアなどへ医師団を 派遣したという記事も見かけますが、陰性になった後でも陽性に戻る患者も いることからも、なかなか一筋縄で済まない病気だと思います。 今、日本の神社でも、疫病退散の御祈願がなされているようですが、私も 日本最古の厄神さんと言われる、多井畑厄神さんで、厄神塚にお詣りし、 大祓祝詞を唱え、禊祓いの祈願をして来ました。 息吹祓 神の御息は我が息  我が息は神の御息なり     御息を以て吹けば 禍霊(病)は在らじ残らじ     阿那清々し  阿那清々し 新型コロナウイルス退散祝詞 (広島 宮崎神社神職作成) 【初音ミク COVID-19退散祝詞】 https://youtu.be/hn6ooZaP3gI 多井畑厄神さんは、当ブログでも何度か紹介しておりますが、今回もあらためて 簡単な記事にしたいと思います。 【過去の記事】 https://singon1koumyou.at.webry.info/201902/article_1.html?1584243977 この多井畑の地は、古代山陽道が通る場所で、須磨の海岸沿いの難所を避けて 多井畑峠を越え、この多井畑厄神前の道を通っていたそうです。 多井畑峠は、神戸の海を埋め立てるために切り開かれ、今は須磨アルプスに続く 階段を、多くのハイカーがあるい…

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塩屋 毘沙門堂 散策

六甲連山の西の端、旗振り山の山裾が一気に塩屋谷川に落ち込むような地形に 塩屋の住宅街が作られています。 その為、細い路地の様な道だけでなく、谷あり、坂道ありで、散策するのには 楽しいところです。 海岸線を東西に走る、国道二号線(山陽道)に沿って、JRと山陽電車が走り、 塩屋駅も同じところに設けられています。 塩屋の散策地図 この駅前に建てられている、【毘沙門天】の石標を見たことで、その毘沙門堂を 探して歩くことにしました。 信用金庫手前にも石標が 谷筋を見ながら坂道を上がります そして、旗振山登山道に入りました 遠くに旗振山の遊園地が見えています 直ぐに、【山王神社】 本殿の左に白菊大明神が祀られています 比叡山延暦寺の守護神社の日吉大社の末社が山王神社であり、全国に散在 しています。 神戸市の塩屋獅子掛にある塩屋山王神社は大津の日吉大社から勧請し創建されたと 伝えられています。 塩屋山王神社は山の神様として地元で信仰篤く、昔は垂水荘の地頭に対し過酷な 年貢や労役の軽減を訴えデモをしていた歴史もあるそうです。 源平供養塚への案内板 毘沙門堂への石標 塩屋に海亀伝説・・・ 【亀光大明神】 神戸少年の町の近く、雑木林の中にありました。 亀光大明神(きっこうだいみょうじん)  亀山塚(かめやまづか…

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須磨寺奥の院参拝

春を思わせる日差しの中、のんびり歩いて須磨寺の奥の院の御大師さんと、その参道 にあります、十三佛と七福神さんを参拝して来ました。 新型コロナウイルスの影響で、須磨寺のイベントも次々と中止になっており、参拝者 も、減っている様に感じました。 ただ、先日は須磨寺僧侶の有志で特に告知をせずに【疫病退散護摩】が焚かれたという 話も聞きました。 社会生活はもちろん、経済活動にも大打撃を与えている新型コロナウイルスですが、 早く鎮静化して欲しいものですね! 今日は、駐車場の方から山を登りましたので、参道の十三佛と七福神もランダムに 写真に写しています。  しかし、後で気が付きましたが、毘沙門天さんを撮り 忘れていました。 須磨寺墓地から見た奥の院の小山 福禄寿尊 御真言 オン マカシリ ソワカ 恵比寿神 御真言 オン ロキャロキャ キャラヤ ソワカ 弥勒菩薩 御真言 オン マイタレイヤ ソワカ 観音菩薩 御真言 オン アロリキャ ソワカ 勢至菩薩 御真言 オン サンザンザンサク ソワカ 阿弥陀如来 御真言 オン アミリタ テイゼイ カラウン 阿閦如来 御真言 オン アキシュビヤ ウン ふれあい布袋さん 大日如来 御真言 オン アビラウンケン バザラザトバン 奥の院 奥の院のお大師さん 高野山…

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コロナウイルス便乗詐欺に注意!!!

コロナウイルスの感染が拡大する一方で、収まる兆しも見えないのが 多くの不安を生み出しています。 デマと分かっても、現実にスーパーマーケットからトイレットペーパーや ティッシュペーパーが無くなると右往左往してしまいます。 そして転売屋! トイレットペーパー1ロール4000円とかで売られたり、 マスク一枚100円、送料10000円など、あさましい根性の連中が 多い様に思います! 早く鎮静化して欲しいものですが、今日の産経新聞のニュース記事に 次のような記事が出ていました。 これからも、似たような詐欺師が出てくる恐れもあり、注意喚起のため 引用させていただきました。 河童が狙っています! 下水道にコロナウイルスが付いています」大阪で不審電話、注意呼びかけ 2020年3月4日 16時57分 産経新聞 大阪府警本部  大阪府門真市で、新型コロナウイルスの感染拡大に便乗し、金をだまし取ろうと したとみられる不審電話があったことが4日、大阪府警への取材で分かった。  府警は注意を呼びかけている。  府警によると、4日午前11時50分ごろ、門真市新橋町に住む女性宅に、 水道関係会社の社員を名乗る男から「下水道にコロナウイルスが付いている ので洗浄した方がよい。 後程担当者から連絡させる」と電話があった。 10分後に担当者を名乗る男から電話があり「除去するのに約10万円かかります」 と金の支払いを…

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ウィルスを味方にする話!

今、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっています。 日本でも、思わぬ地方からも感染者が出てきたり、新たな感染者が次々と 見つかり、増えるばかりの中で、良い治療法もなく不安な思いを抱いて いる人も多いのではないでしょうか。 それにしても、日本政府の、危機意識の無さには驚くばかりです。 念には念を入れるという対応がなされないままに、数日前の検査で 陰性だからという理由で、公共交通機関を利用して帰宅させた対応には 呆れているのは私だけではないと思います。 ・・・ところで、文句ばかり言っていても良くなるわけもないのですが、 私が普段読んでいる、無料メルマガの中から、 「ウィルスを味方にした話」が載っている記事を目にしました。 興味、関心のある人は、ご覧になって下さい! ・・・それは『心の学校』を主宰されています、佐藤康行という方のメルマガ からの引用になります。(もし問題が有れば、いつでも削除します) ☆彡☆彡こういう話は、好き嫌いが有るものと思いますので、心理作用や     波動などという言葉に拒否反応を起こす方は、読まないように     して頂ければ良いでしょう。☆彡☆彡 以下、佐藤康行氏のメルマガ(2月24日付け)より引用 皆さんこんにちは。佐藤康行です。 この世の私たちの現象は、 見えるもの見えないもの全部心の現れなのです。 ゆえに、こころを変えるだけで その病原菌でさえ敵になるのか 味方…

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「手のひら療治」解説 鈴木五郎

今、手のひらが病気を治すということでは、レイキだとか、ハンドヒーリング だとかで、高額の伝授料(セミナー代金)を取り、商魂たくましい連中の 金儲けに利用されているとしか思えない状況が多く見受けられます。 特別なシンボルやマントラ?などやアチューメント(霊授)などの方法を 売り物にしているなかで、当時から手のひら治療は誰にでも出来る。 その、誰にも備わった手当の能力を特別に付与すると言い、高額な伝授料を 取ることに対して批判の目を向けて、独自の活動をされていたのが、 旧制の甲府中学校長江口俊博先生です。 その江口俊博氏と、一燈園の西田天香さんの元で50年来手当療法を実践 されていたのが、鈴木五郎という方です。 その鈴木五郎さんが、手のひら治療に関して書かれた小冊子が有りましたので、 少し、(前書きだけですが)引用して見またいと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   手をあてれば治る                 鈴木五郎 「自然にかなった生き方と治し方」としての一燈園生活と手のひら療治を、  西田天香さんと江口俊博先生のお導きの下に五十年来実践して、多くの  同人・光友に護られ八十三歳の今日まで、夫婦そろって世にも幸福な  生活をさせて頂いていることは、真に感謝に堪えない。  一燈園生活については天香さんの「懺悔の生活」をはじめ多くの著作が  あるから、それに譲って、ここでは万人天賦の能…

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明石 魚の棚から浜光明寺へ

まだ2月とはいえ、今日は予想外の暖かい一日になりました。 和歌山では24°を超えたところもあったということです。 何やら、南極でも今までにないほどの高温で、2月6日には 18.3°という温度を記録したという話です。 で、今日は、”てくてく”さんに教えて頂いた徳本上人の名号碑を見に、明石錦江橋近くの 浜光明寺まで行ってきました。 明石駅から魚の棚商店街を歩いて行きましたが、まだ朝が早いためお客さんの 姿は見えません。 タコ明神?? お魚のマンホール蓋と波模様の床 厳島弁財天社 明石焼き本家きむら家 遍照山浜光明寺 浜光明寺は鎌倉時代後期の元享年間に三木で創建、元和3(1617)年に藩主小笠原忠真 により明石城下へ移転し、明石における浄土宗の代表的寺院となり代々藩主の黒印地と なります。 戦災を免れた本堂は寛延4(1751)年の再建の際には明石城築城の際に余った木材が 使われたと伝わり、明石市内の寺院の本堂の中でも最大級の大きさを誇ります。 山門は阪神大震災で被害を受けています 徳本上人六字名号碑 石工の名前(大坂屋銀右衛門)がかかれていました 徳本上人の七日間説法   文化7年(1810)の3月19日から25日まで法然上人の600回忌が光明寺で   行われま…

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たかとり教会 キリスト像の奇跡!

日々の日課になりつつある散歩ですが、今日は天気も良かったので、少し 時間を延ばして歩いてきました。 先ずは、須磨寺の梅の木ですが、やや時期が遅かったようです。 コチラは亜細亜万神殿のネパール風仏塔が青空に映えています 鷹取の大黒公園   かっては二子池という池があった。その池が大正時代に埋め立てられ、   證誠神社の御旅所として使用されることとなった。   同時期に地元有志により出雲大社の大神が勧請され、地元の守護神として   大国神社と称されることとなった。   1995年の阪神・淡路大震災による火災は、この公園で止まっていた。   これを調査した学会によれば、この公園の水分を含んだ樹木が水の壁になった   ことに加えて、オープンスペースが延焼を食い止めたからとのことであった。   妹尾河童の小説「少年H」に出てくる三角公園というのは、この公園のこと。      阪神大震災では大黒公園の周囲の家々が火災で焼け、多くの方が   亡くなっています。   その慰霊のモニュメントとして、六甲の八幡神社の倒壊した石の鳥居を遣って   作られた記念像   この像の台座の御影石は、戦前の阪神大水害で高取山からここまで流れついた   石だという事です。 復興基準点   震災当時の写真    カトリックたかとり教会 …

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新長田の寅さん

平成7年1月17日の阪神淡路大震災から25年。 多くの人が悲しみに 包まれ、人生に絶望した人も多くいたことと思います。 今も、当時の苦しみを胸の奥に押し込めている方も多くおられることと 思いますが、日本中から注目され、物心両面で支援された事が生きる励みに なった方もまた多くおられるのではないでしょうか。 そんな震災の爪痕が多く残る時期に、フーテンの寅さんの映画ロケが、長田の 菅原市場を舞台に繰り広げられました。 ガンの痛みと闘う、渥美清さんの姿が痛々しく感じましたが、その思い出の場所が 今は、どうなっているのか気になり、JR新長田駅から歩いて来ました。 JR新長田駅構内の【寅さん地蔵】 山田洋次監督の手紙  寅地蔵由来  『寅さんのような男が死んだらお地蔵さんに   なるんじゃないかな、とその昔渥美清さんと   語ったことがあった。   1995年秋、寅さんシリーズの最後となった   「寅次郎 紅の花」のロケを長田で行った   ことを記念して、人情あつい長田の人たちが   このお地蔵さんを作ってくれた。   天国の渥美さんもさぞ満足だろう』               山田洋次 この手紙を読んでいるだけで、涙が出てくるのですが、今、行きかう人が 多くても、特に足を止める人は一人もいませんでした。 それが日常というものですね! この寅地蔵について、次のような話があります。 『1995…

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梅もチラホラ咲きだしました!

検査入院では気に掛けて頂き有難うございました 病体は病体として、病気にしないように生活全般を見直して行こうと思って います。 まずは、運動習慣を心がけて体重減を目指し、心臓の負担を減らしたいと 思います。 それで今日は、気分を改めて須磨寺駅近くのお寺の梅を探して歩いて来ました。 源氏寺現光寺  正しくは、藩架山現光寺(ませがきさんげんこうじ)。  浄土真宗西本願寺派。1514年(永正11年)、浄教上人の開基といわれ、  ご本尊は阿弥陀如来です。  江戸時代の地誌では、ここが光源氏の居住地と伝えられており、昔は  「源光寺」・「源氏寺」とも呼ばれていました。      おはすべき所は行平中納言の   藻潮たれつつわびける家居近き     わたりなりけり 海面はやや入りて       あはれにすごげなる山なかなり    正岡子規の句碑 読みさして 月が出るなり 須磨の巻  芭蕉の句碑 見渡せば ながむれば みれば 須磨の秋  光源氏月見の松  謡曲「須磨源氏」と現光寺  謡曲「須磨源氏」は、日向国宮崎の社宮 藤原興範が、伊勢参宮の途次、  須磨の裏に立寄ると、老樵夫が桜の木陰から現われ、光源氏の一代の略歴  を物語り、自分はその化身であることを仄めかす。  その夜旅枕の興範の前に菩薩となっている光源氏が兜卒天より気高く優麗 …

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検査入院です

突然ですが 今日29日から二泊三日で心臓のカテーテル検査をしてきます。 数年前から、時々胸の重苦しさがあり、そんなときには胸へのパッチ薬で 対応していました。 今回は年末から歯痛、頭痛、めまい、胸痛が続き、脳神経外科と循環器 病院で検査。 その際に心臓のカテーテル検査を勧められました。 以前からも勧められていたこともあり、今回思い切って入院し、検査を して貰う事を決めました。 結果は分かりませんが、何もなければ良いのですが・・・! と、言う事で、暫くコメント等の返信が遅れますことをご了承お願い 致します! 宜しくお願い致します!         < 皆様へ >  ・・ポジティブオーラ・・

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熊野の長福寺、徳本上人名号碑

最近、偶々訪れた郡家の中勝寺で見ました、徳本上人の六字名号碑のことを ブログに書きました。 その際のコメントで『てくてく』さんから、兵庫区 熊野五丁目の長福寺にも徳本上人の名号碑があるという話を聞いていました ので、今日、JR神戸駅からバスに乗り夢野3丁目で降車。 少し歩くとすぐに長福寺が分かりました。 階段を数段あがりお寺の門を潜ると、前方の衝立に「ひっくり返ったら空が あった」の言葉と、自然花の花生けが風情を感じさせてくれています。 徳本上人の名号碑は、門のすぐ左に見ることが出来ました。 (てくてくさん、ありました。ありがとうございます!) しかし、本堂の前庭を見ていると、他にも、徳本上人独特の南無阿弥陀仏と 書かれた石碑や地蔵さんなどが見つかりました。 こちらの地蔵さんの光背にも徳本さんの名号が彫られていました 浄土宗 長福寺の歴史(ウイキペディアより引用です)  寛文7年(1630年)伝求上人の開基。  当寺のある夢野は『摂津風土記』の逸文や『日本書紀』に見える禁野(イミノ)  で、殺生禁断の場所とされている。  仁徳天皇の時代より、この地の氷室から水を高津の宮へ運んだと、〝夢野の氷室″  に語り伝えられている。  平安後期には上野(現在の烏原)願成寺に法然上人の弟子住蓮坊が住まい、土他の  人びとに阿弥陀信仰を説き、多くの信者をあつめていた。  さらに念仏行者の…

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御影の綱敷天満神社のパワースポット!?

弓弦羽神社から中勝寺を経て、山手幹線を西の石屋川方面に歩いて行くと 石屋川の土手の手前に天満神社の旗が見えてきました。 裏手に出ましたので 表参道側に廻り 新しい鳥居の下に 阪神淡路大震災で倒壊した以前の鳥居の神額です 東灘は大きな被害を受けています 手水舎 この神社の特殊な神事 八色雷公(やぐさのらいこう)の注連柱 特殊神事 八色雷公 綱打神事の説明 大綱は龍を表し、八本の白矢は八色雷公を意味し、 諸々の災いを除き、榊葉等は罪穢れを祓い浄める。 この注連柱全体が祓具であり、ここを潜り抜けることにより 一年を無病息災に暮らせると言い伝えられています。 境内離れたところに、八色雷公の石像がありました (以下はウイキペディアより引用) 伊邪那岐命は伊邪那美命を取り戻そうと黄泉国へ赴いた 黄泉に着いた伊邪那岐命は、戸越しに伊邪那美命に「あなたと一緒に創った国土は まだ完成していません。帰りましょう」と言ったが、伊邪那美命は「黄泉の国の 食べ物を食べてしまったので、生き返ることはできません」と答えた。 さらに、伊邪那美命は「黄泉神と相談しましょう。お願いですから、私の姿は 見ないで下さいね。」といい、家の奥に入った。 伊邪那岐命は、伊邪那美命がなかなか戻ってこないため、自分の左の角髪(みずら) につけていた湯津津間櫛(ゆつつなくし)という櫛の端の歯を折って、火…

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郡家の中勝寺さんでも徳本上人六字名号を見つけました

弓弦羽神社の南側には、東西に山手幹線が走っていますが、この山手幹線沿いの 郡家交差点角に、平野山中勝寺という浄土宗のお寺さんがあります。 阪神淡路大震災で大きな被害を受けたようで、現在は堂々とした立派なビルの ような建物になっています。 由緒を調べますと、以下のような事がかかれていました。 御影の郡家に江戸時代には大庄屋をつとめた平野氏がいて、阪急御影駅の西北に その居城・平野城があった。 平野一族の祖先、平野備前守忠勝は、播州の豪族赤松則村の家臣であった。 郡家の山手に居城をもち、南北朝の動乱時代に武勲をたてた。 そののち足利尊氏方について、その弟直義との観応の戦いに敗れたのち、 忠勝は考えた。 「もう戦いをしても何もならぬ。無益な血を流すより、城のある御影で田畑を 開いて生活をしよう」  こうして一族は、郡家村で農業に従事するようになり、すっかり土地に根をおろした。 平野秀満が当主であった永正二年(1505)、彼は祖先の忠勝を弔うため、郡家の夢境庵と いう寺を菩提寺にして、平野山忠勝寺と改めた。   忠勝寺は、それから250年も後の明和四年(1767)に火災にあった。 そののち再建されたときには、平等山忠勝寺と改称されたが、今も阪急御影駅の南方に 緑に囲まれて建っている。 現在は、中勝寺と言われているが、元来「忠勝寺」と称し、平野備前守忠勝を祀った 菩提所である。 平野備前守忠勝は、源頼…

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弓弦羽神社

御影の山手の散策を楽しんだあと、阪急電車の南側に鎮座されています 弓弦羽神社境内に入り、参拝! この弓弦羽神社は、スケートの羽生結弦選手の名前から、ファンの間では 聖地として注目を集めているところです! 境内の写真です! 南側に廻り、境内に入る鳥居から。 正面に拝殿 手水舎と犬の水飲み場  (愛犬家用だそうですが、八咫烏さん嫌がらないのかな?) 拝殿 本殿 ご祭神  根本熊野三所大神     伊弉册尊       いざなみのみこと     事解之男命      ことさかのおのみこと     速玉之男命       はやたまのおのみこと ご由緒 社伝によれば、往古、神功皇后三韓より御凱陣の時、長門國豊浦より摂津國難波浦  に向かわれる途中、忍熊王(おしくまのみこ)が兵を挙げたのをお知りになり、  皇后自ら当地で弓矢甲冑を納めて熊野大神を斎奉しご祈念されたところ、戦には大勝し、  それより後は諸々の願い事は、全て御心のままに叶いました。 この故事により、神社背後の秀麗な峰を弓弦羽嶽(弓矢)とも六甲山(甲冑)とも  言います。  又、神功皇后がこの里の泉(澤の井・阪神御影駅南)に、お姿を写しになった故事に  よりこの里は「御影」(みかげ)となりました。 8世紀末に、この弓弦羽ノ森(ゆづる…

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旧住吉村 徳本上人名号碑

阪急御影駅で下車し、神戸山手の空気を感じながら歩いて来ましたが、神戸でも この付近というと、昔は大きなお屋敷が広い敷地を構えていましたが、今はその 多くが外構の重厚な石垣だけを残して、高級マンションに姿を変えている様に思いました。 今回、この辺りを歩こうと思ったのは、打出の徳本上人の六字名号碑のことを教えてくれた 人から、旧住吉村の古い墓地にも徳本上人の名号碑があると教えて頂いたことが きっかけでした。 そして同じ歩くなら、御影駅近くの弓弦羽神社と御影綱敷天満宮にも参拝しようと いう心つもりを持って下車しました。 旧住吉村小林墓地の徳本上人名号碑は前田家の墓域にありました 現在は神戸市が管理している墓地ですが、かなり古くから地域の墓地として 守られていたようで、古い石仏さんも見かけられます こちらは如来石仏さん 徳本上人名号碑は前田家墓域内にありました 墓地の北西側に、古い石仏 文禄三年の銘があるそうで東灘区内最古だそうです 薬師堂(野望堂地蔵) 阪急電車の北側は六甲山からの急な坂道が続いていますが、今も細い水路の水が かなりの勢いで流れ下っていますが、昔は多くの水車が廻っていたところだった そうです。 水車は 住吉村だけで88基、周辺を合わせると100基を超え、酒米、菜種油、線香、素麺 などの製造に使っていたようです。 直径約5メートルの水…

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打出天神社界隈

今迄にも何回か書いていますが、芦屋市打出にあります、打出天神社と その付近を歩いて来ました。 阪神打出駅前 打出天神社 この打出天神社は、私の産土神社でもあり、子供の頃の思い出では、 夏の夜、境内にスクリーンが作られて、父親に連れられて漫画映画や 時代劇などを見たことや、お祭りの日には屋台が沢山出ていてセルロイド のお面などを買って貰ったことなど、沢山の思い出があるところです。 ただ、平成7年の阪神淡路大震災で大きな被害を受けられたようで、境内の 雰囲気は、子供時代とは随分変わっています。 そして、今回も一つ変化がありました。(後程で!) 境内の様子 稲荷社 天神さんの牛 摂・末社(多くは境内外に祀られていたものが、開発などで こちらに集められたようです) ところで、今回、境内に【打出の小槌】の願掛け道具が造られて いましたが、年末に長田の駒ヶ林神社で知った(犬幸祈祷)の 商標登録と同様、この【打出の小槌】も、商標登録がなされて いました。 神社でもお寺でも、良く色々な願掛け道具を見掛けますが、商標の ことなど考えていませんでしたが、社寺もアイデアを出したり、 業者から買ったりと大変なようで、しかもかなりの費用が掛かると なると、権利は守らないといけないという事かも知れないですね。 打出の天神社での参拝を済ませた後、西方の宮川付近を歩いて はじめ…

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抱っこスピーカーで癒しタイム

年末から年始にかけて、歯痛・頭痛に心臓の違和感と続き、体調も 良いとは言えない状態でした。 それで病院にも行きましたが、原因がハッキリしていないという こともあり、勝手な自己判断で波動療法の真似事を始め出しました。 波動療法と言っても、私自身が説明できるほどの知識も何も 有りませんが、ある歴史的な出来事から(ロイヤル・レイモンド・ライフ の研究成果の抹殺)現代医学の世界では疑似医学的な認識を持って見られて いるようです。 私が今試しているのは、音の波動を体の細胞に響かせ、エネルギーの 流れを良くすることで体調の回復を目指すということで、その為、 【抱っこスピーカー】というものを買い求めました! それが こちら ↓  (フルレンジ8センチ(防磁 8Ω)のスピーカーが1個+アンプ  がついています) それをラジカセに繋いで鳴らしていますが、普通と違う処は このスピーカを胸元に抱いたり、背中につけたり、また枕の様に 首筋に当てたり・・・することで、音の振動を直接体に感じさせるという 使い方が出来ます。 その為難聴や耳の聞こえない方が音楽を楽しむのに素晴らしいものだと 思いました。 電磁波の影響が心配ですが、製品の説明の中では、・・・防磁型のスピーカー ユニットを利用しており、消費電力も大変少ないため、漏れ出る電磁波の量は さほどでもありま せん。簡易測定では医療現場でも利用されるPHSと同程度か それ以下ではございましたが、万…

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駒ヶ林神社・7日の朝焼け

お正月、長田漁港の駒ヶ林神社へ参拝。 地元の方が子供さん連れでお参りしていた方が多かったように 思いました。 私は、長田漁港のすぐ近くという事で豊漁とか、操業の無事を祈願 する神社の様に思っていましたが、神社の御祭神をみると 長田の厄神さんとしての御働きの方が中心のようでした。 御 祭 神    八幡神 (応神天皇)    猿田彦神    奇稲田姫     御 由 緒      当社は務古の水門の一部にあたり治承2年(1178)には平清盛が上陸した  との記録(『山槐記』)もあり、古代の要津であった。  そのため、来朝する外国人を検問する玄蕃寮(現在の税関にあたる)の  出先機関があり、当社は、その役所内に奉斎された事に始まると伝えられる。  延元元年(1336)、足利尊氏が西国敗走の折、当社に奉詣して     今むかふ 方は明石の 浦ながら            まだ晴れやらぬ 我が思ひかな  と詠んで、社前の浜より乗船したという。     (神社HPより) 清盛公御上陸地 荒神社  お社は、伊勢の神宮御正宮の一番内側の塀「瑞垣」の柱を用いて造営された。  またお社を覆う屋根を支える柱は、御正宮の垂木を削った物である。 天光玉勝稲荷社  お社の周囲は駒ヶ林出身の映画俳優「澤田清」の呼びかけにより 「大河内傳次郎」「片岡千恵蔵」「入江たか子」「山…

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