神功皇后と三韓征伐

神戸に住んで、市内の神社を周っていますと、神功皇后と三韓
の話が神社の社歴に書かれていることが多いです。

史実は別にして、神功皇后については、
仲哀天皇の皇后で、気長足姫命・息長帯比売命
(おきながたらしひめのみこと)・
大帯比売命・大足姫命(おおたらしひめのみこと)などとよばれています。

書紀では西暦200年、仲哀天皇の急死後、政を引き継ぎ、住吉大神の
御神託で、お腹に子供(後の応神天皇)を宿したまま朝鮮半島に出兵し
新羅を攻めた。新羅は戦わずして降伏し、朝貢を誓い、百済・高句麗も
朝貢を約束。(辰韓・馬韓・弁韓の三韓)(弁韓を任那に比定するほうが普通)


神功皇后の年代(201~269)には、卑弥呼の時代と重なっているのですが、
後世に大和朝と卑弥呼を関連づけるための創作されたとも考えられています。




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この記事へのコメント

  • シーター

    体育祭も無事終え、色々苦労させられた末に残った物は日焼けとは悲しすぎる
    さて、宮内庁の管理する神功皇后陵(五社神古墳)の立ち入り調査で、円筒埴輪や葺石が確認されています。
    海神社近くの五色塚古墳と同じですね。こうしてみると
    神功皇后と神戸は深い関係があるのでしょうね。
    神功皇后=卑弥呼は先住民土蜘蛛の原始仏教であるアショカ仏教(シバ神信仰)と考えられるそうです。
    仲哀天皇=足仲(ソクナカ)彦天皇=蘇那曷叱智(ソナカシチ→息長(ソクナカ)帯比売命!朝鮮半島と関係してますね。大和朝廷に複雑に封印された末の神功皇后というところでしょうか。。。。
    2009年06月16日 02:04
  • ポジティブオ-ラ

    シーターさん、お疲れさま。好天気の体育祭で
    良かったですね。
    神功皇后は別名、辛国息長帯比売ともいわれ、
    古代、豊前国田川に辛国息長大姫大目命神社
    があったそうです。
    下世話な話では、皇后の子供である応神天皇は
    武内宿祢との子供であるとか?
    もちろん、神功皇后そのものが、斉明・天智期
    の政情(白村江の敗戦)を受けた、天武・持統・
    不比等ラインが作り出した話ですね!
    面白いのは、神功皇后が新羅の王子・アメノヒボコ
    の子孫となっていることです。
    古代日本は朝鮮と深い繋がりがありますね。
    2009年06月16日 20:14

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