再度山修法ヶ原、弘法大師修法地

今日は、朝から再度山の大師道を歩き、大龍寺を通り、弘法大師が
修法をしたと伝えられるところまで行って来ました。

大龍寺山門の仁王像

画像

画像


弘法大師修法の地・大師堂

画像

画像

画像

画像


こちら修法の地は初めてお参りしましたが、丁度此の場所に着いた時に、晴天
にもかかわらず、パラパラと水を撒くような急なにわか雨が2~30秒ほど降り
ました。
そして、すぐに止んだのですが、お堂にお参りし終わったと同時にまた、
今度も10数秒程の間、同様にパラパラという感じで雨が降りました。
それも、体が濡れるという感じは一切なくて、本当にパラパラと雨粒を撒いた
ような不思議な感じの雨でしたので、大変気持ちが良かったです。
この日は、その時以外は全く雨らしいことも無く、晴天の青空がとても奇麗な
色でした。
画像



神戸の伝説では次のような話があります。

延暦23年(804)今からおよそ1200年前に弘法大師が仏教を学ぶため唐
に留学の際、大輪田の泊(兵庫)から船出しようとしていました。

「そうだ、この港の北の摩尼山の山中に、 観音様が祀られているそうだから、
旅の安全と学問の成功をお祈りしよう」と山に入られお参りと修行をされた後、
大師は唐の国へと船出して行きました。

航海の途中いろいろな魔物が現れて大波を起こし、 船を転覆させようとします
が、その度に大きな竜が現れて魔物を追い払い船を守ってくれました。


唐の国での学問を終えて大師が日本に帰ろうとした時も、やはり魔物が大波
を起こして船を沈めようとしました。

この時も、また大きな竜が現れて大師の船を守ってくれます。

船の近くを泳いでいた竜も、船が大輪田の泊が近くなると急に海から飛び出し
て、北の摩尼山の方角に飛んで行ってしまいました。

「あれはきっと摩尼山の観音様のお守りに違いないもう一度、山に登って航海
の無事を感謝する為、お礼参りに行こう」大師は山中の観音様に、もう一度
お参りされました。

すると山中の谷間に、あの竜が寝そべっていたということです。

そこで大師はその谷に立派な寺を建て大竜寺と名付けられ、この時から摩尼山
は弘法大師が再び登られたので、再度山と呼ばれるようになり、 大師が登って
いった山道は大師道と呼ばれ始めたということです。

また大師が修行した場所に修法ヶ原(しおがはら)の地名がついたとも伝えられ
ます。

・・・・・・・・

修法ヶ原で昼食を取り、蛇が谷から市が原、布引の滝を経て元町の中華街
(丁度春節祭で賑わっていました)まで歩きました。


蛇が谷の伝説

神護景雲2年(768)、和気清麻呂公が、寺塔建立の霊地を求めて此の地に
来た際に、僧道鏡の刺客に襲われたところを、大龍の出現で助けられたと
いう話が、大龍寺創健伝説があるところです!
画像

画像



貯水池から布引の滝
画像

画像

画像

画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック