保久良神社とカタカムナ雑感

6日の日曜日は、朝から曇り空で雨の心配もありましたが、大阪の友人と
二人で保久良神社から金鳥山~風吹岩~打越山~五助堰堤~白鶴美術館
~阪急御影駅
と、歩いてきました。

数年ぶりの保久良神社でしたが、少し様子が変わっていましたが、梅林の
梅の香りを存分に味わうことが出来ました。
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今まで、保久良神社境内の樹林の中の磐座群には近づくことができなかった
ように思うのですが、今回は境内参道脇から足を踏み入れることも出来るよう
になっていました。

また、鳥居の横には、椎根津彦命が亀に乗った姿の像もありました。
そのお姿は、丁度、籠神社の倭宿禰像と似ているな・・と思っていました
が、保久良神社のご祭神の椎根津彦と倭宿禰命は同一神ということ
だそうです。
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倭宿禰命(丹後一の宮、籠神社の説明引用)

倭宿禰命(やまとすくねのみこと)は海部家四代目の祖先です。

もとは「珍彦(うづひこ)」・「椎根津彦(しいねづひこ)」・「神知津彦
(かんしりつひこ)」・「槁根津日子(さおねづひこ)」と呼ばれていましたが、
神武天皇東遷の途次、明石海峡(速吸門)に亀に乗って現れ、神武天皇を先導し
て浪速、河内、大和へと進み、幾多の献策により天皇を無事に大和へと導いた
大和建国第一の功労者として、神武天皇から「倭宿禰」の称号を賜りました。

倭宿禰命(やまとすくねのみこと)は倭国造であり、大倭国造の祖・大倭直の
祖でもあります。

倭宿禰命は大和の国で「倭大国魂神(纆向遺跡の近くにある現在の大和神社)」
をお祀り申し上げました。

また倭宿禰命の子孫は播磨国で「明石国造」を累代名乗りました。

・・・・・・・

保久良神社についての由緒書きでは

保久良神社由緒書によると「社名の起因も、椎根津彦命の子孫たる
倉人水守等が祖先を祭祀し奉る 、三韓役の戦利武器を収蔵するより」とあり、
元来の主祭神は神武東征時速吸門(明石海峡)に現れて軍勢を先導した
椎根津彦命であり、現在の主祭神須佐之男命は元禄時代に祇園信仰の影響で
牛頭天王が合祀されたと考えられる。

椎根津彦命は保久良神社の南に位置する神戸市東灘区の青木(おうぎ)の浜に
青亀(おうぎ)の背にのってこの浜に漂着したという伝承があり、それが青木の
地名の由来となった。

吉井良隆は当社を「椎根津彦命は大阪湾北側を支配する海部の首長であった
とされ、西宮夷の奥夷社の元宮」と推測している。

また、「住吉大社神社記」には布久呂布山の名が見え、「攝津志」には建長二年
重修の棟札を所持せる事が記載されている。

・・・・・・

神社の由緒から推察される話での椎根津彦と、丹後の籠神社の倭宿禰命が
同一人物とは思いにくいのですが、古代の海洋氏族の安曇や住吉(津守)などと
ともに海部という氏族の拡がりから見ていくのが分かりやすいのではないかと
考えています。

そして津守や海部などの氏族は天火明命を祖にしているのですが、”ほあかり”
と”ほくら”にも繋がりがあるように思っています。(根拠なし!)



参道脇の磐座(珍生岩)
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灘の一つ火、灯篭と梅
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立 岩(磐座)
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神生岩(磐座)
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カタカムナ雑記(妄想)

・・・・今回、保久良神社から金鳥山を歩きながらカタカムナの伝説について
考えていたのですが、楢崎皐月さんが平十字から聞いたという話の中で、
カタカムナの文化を伝承していた古代のアシヤ族は、天孫族に滅ぼされた。
そして族長のアシヤトウアンは九州で亡くなった・・・・という話をされて
いますね。

その平十字の話が古代に本当にあった出来事だとすると、芦屋神社の
ご祭神である天穂日命が何らかの関連があるのではないのか・・・??・
という想いが湧いてきました。

天穂日命

天穂日神は、天照大神と素戔嗚神の誓約の時に、天照大神のみずらに
巻いた勾玉から成った神です。天忍穂耳神の弟に当たる。

高天原から葦原中国平定のために最初に遣わされた神なのですが、
大国主神に魅了されて、3年たっても復命しなかったとされます。

そのため、高天原では次に天若日子を派遣しますが、これも失敗。

最後に建御雷之男神と経津主神が派遣されて、葦原中国も高天原に従う
ようになるのです。


天穂日神がその後、出雲の国に伊邪那美神をお祭りする、神魂神社を建て
そして、この子孫が代々この神社をお守りするとともに、出雲・武蔵・上総・
下総・夷隅・対馬・遠江の国造の祖神となっています。


この天穂日命が出雲平定のために天下ったのが芦屋の地だと言われていま
すが、これって、何かおかしくないですか?

私自身は、この出雲と天孫族の神話の前に、ここ芦屋で、カタカムナの先進的
な文明を築いていたアシヤ族を滅ぼしてから出雲へ遠征して行ったのでは
ないのかな・・・!?と、妄想しています。

大体、この天穂日命は、出雲へ向かう前には、関東方面の征圧遠征軍の
ようなこともしていたようでもあり、この六甲付近で山地に住みながら、海洋の
支配等にも力を持っていたアシヤ族の利権を奪う事は充分に考えられる
出来事だと想っています。

ただ、アシヤ族というのが、この地ではなくて、九州・福岡の芦屋の地
だという話もありますので、妄想の域を出ないのですが!

また、カタカムナでは製鉄技術として『カムヒルメ』という製鉄法が謳われて
います。

また、『タガラモリミチ』という農業技法も知られています。

このような製鉄技術を持ちながら滅ぼされた・・ということでは、イズモの大国主
などともかぶりますし、このイズモではもろに天穂日命が絡んでいますしね!?

カタカムナ文化とアシヤ族については、色々妄想が湧いて興味深いですね!!

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