山田の若宮八幡宮神社

本住吉神社の参拝後、渦が森台行きのバスに乗り赤塚橋
下車。

坂道ばかりの住吉山手の住宅街を歩き、徳本上人修行地
を探しました。

今でこそ高級住宅地に変貌し、昔の面影は全くありませんが、
急な坂道が、かって赤塚山といわれた名残を残していました。

徳本上人の座禅修行地から弓弦羽の滝、そして若宮八幡宮
から徳本寺とあるきました。



まぜは、若宮八幡宮神社から書いてみます。


東灘区の西寄りを流れる住吉川に沿った西側は、昔は
住吉村と呼ばれていました。

その中でも山に近いところ、現在の白鶴美術館辺りから
西側が字 山田(住吉山田)で、その名の通り山手の農業地
であったようです。

また、六甲山系から流れ出す住吉川の急流を分水し、酒造り
のための精米、製粉、製油などのための水車が多く建てられて
いた地区でもあります。

現在は農地も水車も姿を消し、南向きの静かな斜面に住宅が
建ち並んで、その中を水路だけがかつての面影を残しながら
流れている、そういった風情の中で、小さいながらも地元の
住民たちに大切に守られていることが良く分かる神社が
若宮八幡神社です。


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地区の皆さんが大事に守っておられる様子が良く分かる
境内です
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創建 不詳
祭神 応神天皇 仁徳天皇

由緒 住吉川にある、白鶴美術館の横にあります。

  此のお宮は山田地区と言われる此の地域の鎮守で往古の
  主邑から離れた山手、六甲山南麓、赤塚山の裾に祀られて
  いる。

  山田の里が開かれたのは、約五百年前の応仁の乱後から
  と言われ、住吉村の枝郷となり主邑の産土本住吉神社の
  御際神の中の神功皇后の王子(応神天皇)である八幡大神
  とその若宮(仁徳天皇)をお祀りしたのが始まりである。

  明治三九年、国は「小規模で由緒不詳の神社はその氏神に
  合併するよう」奨励したが、山田の人達は「正式な祭典有り、
  山田の町全戸をもって祀り続ける」と合併を拒否し、山田地区
  のみで維持している。

御神徳

  開運厄除  商売繁盛  交通安全  無病息災

  登山安全  心願成就
  
平成七年一月阪神淡路大震災において、本殿、拝殿、石鳥居等
が全壊したが、里人の熱い思いにより、いちはやく本殿、神門、
透塀、石鳥居続いて拝殿、手水舎を新築また境内には近在稀な
寛文一二年(一六七二)元禄一六年(一七〇二)享保一七年
(一七三三)の石灯篭が有り、火袋に鉄製の油皿がつき大変
珍しい。

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この記事へのコメント

  • tor

    大震災から見事に復興されていますね。
    まずは自宅の復旧が先と大変な中
    氏子の皆さんの神社に対する思いがすごいですね。
    2019年04月21日 17:49
  • ポジティブオーラ

    torさん
    有難うございます。
    昔からの氏子さんが神社を大事に
    守られているように思いました。
    国の神社合祀令に反対したところは
    珍しいのではないかと思います。
    南方熊楠も和歌山で神社合祀に
    反対していますね。
    ありがとうございました。
    2019年04月21日 18:11
  • y&m

    江戸期前期の寛文一二年(一六七二)は珍しいですね。中期以降の物は多々見かけますが、1600年代となると圧倒的に数が少ないように思います。まだ個人が簡単に奉納できる余裕が無かったのか、習慣がついて無かったのか?。
    2019年04月25日 02:58
  • ポジティブオーラ

    y&mさん
    いつも有難うございます。
    この辺り住吉山田地区は、六甲山地
    の急斜面を流れる水路を利用しての
    精米・精粉・精油などが行われて
    いたそうです。 その水車跡なども
    残されています。
    そのような産業で裕福だったのかも
    知れません。
    現在も、この辺りは高級住宅街
    として知られていますが、お宮を
    守る氏子の団結も、昔から強かった
    のではないかと思います。
    ありがとうございました。

    2019年04月25日 07:33

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