端谷城跡 満福寺 新長谷寺

端谷城(はしたにじょう) 神戸市西区櫨谷町寺谷

端谷城跡は、神戸に残る城跡の中でも、開発から
免れて、往時の面影が残るところとして、神戸市の
史跡に指定されています。

この日は、いつも車で通る、神戸農業公園近くで気になって
いた、櫨谷神社と端谷城跡などに足を運んで来ました。


先ずは、室町時代からあり、秀吉の三木城攻めで
攻め落とされた端谷城の跡を見学です。

(後方の小高い所が城跡です)
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端谷城跡に満福寺という、城主衣笠氏の菩提寺がありますが、
普段は住職がいないようで、鐘が自動撞きでゴンゴンと音を
鳴らしていました(丁度12時に参拝)
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鐘楼  後ろの石塔は衣笠氏一族の供養塔(墓塔)

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自動撞きの鐘
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端谷城は三木城主・別所長治に仕えた衣笠範景の居城として
知られています。
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西国街道の要衝でもあり、摂津と接していることから、三木城
の支城としていわゆる「境目の城」としての役割を担っていました。

1578年(天正6年)に別所氏が羽柴秀吉に反旗を翻すと、範景
も淡河の淡河氏、福中城の間嶋氏らとともに別所方として戦い
ましたが、織田信澄・明石則実らの軍勢に攻められ天正8年
落城しました。

現在城址には土塁や空堀などの遺構を確認することができ
ます。

また三の丸跡にある満福寺には範景の墓碑があります。

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五穀山 満福寺 天台宗

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  御詠歌

      後の世の たねまきそめし五穀山

              みのる心は 菩提なりけり
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この満福寺の境内が、端谷城の三の丸跡地です。

お寺の横手から本丸跡に上る道があります
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堀切跡
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二の丸東斜面の曲輪跡
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三の丸(満福寺)
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二の丸
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端谷城跡
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端谷城縄張り図
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本丸
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西南尾根の曲輪
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【満福寺】

記録によれば衣笠氏は、文永年間(1264年~1275年)に
満福寺と寶福寺(福谷)新長谷寺(友清)等とともに、
菩提寺として城跡から南東約300メートル離れた山麓に
建立したといわれている。

現在、建っている場所(三の丸跡)には1824年(文政7年)
以前に移されたものと考えられている。

また、現在の建物は1983年(昭和58年)に再建されたもの
である。

本尊には、聖観音(恵心僧都作)と十一面観音(春日作)の
二体の仏像が併せ祀られている。 


この満福寺の記事にある、寶福寺・新長谷寺も、ここからは
それ程離れていない集落内にある天台宗のお寺です。

新長谷寺は櫨谷神社の近くの集落内にありましたが、無住で
寶福寺が管理している様でした。

【新長谷寺】

写清山 新長谷寺

 御詠歌  谷川の ながれてはやき長谷川の

            手向ける花の よるにまかせて

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この記事へのコメント

  • tor

    城跡についての記述は珍しいですね。
    私は城も大好きなので興味深く拝見しました。
    案内板が親切ですね。
    読みながら当時を想像するのが好きです。
    2019年06月20日 19:27
  • ポジティブオーラ

    torさん
    いつも有難うございます。
    そうですね、特に古城跡目当ての
    訪問は余りしていないと思います。
    神戸には、この様に当時の様子が
    残っているところは少ない
    ようです。
    案内板も20年近く経過しているようで
    汚れが気になりました。
    このお城の規模も大きくはなく、
    高低差も左程ないお城ですが、
    三木城が落ちてからも一ヶ月近く
    頑張っています。
    領主の善政に答えた近在の農民
    たちの協力もあったということです。
    ありがとうございました
    2019年06月20日 20:41
  • わけい

    こんにちわ!
    この記事の関係ではないですが、2014年07月の記事に養父市八鹿町にあるお寺に関する事が複数回にわたって書かれているのを見つけました。
    ここは私が結婚するまでの本籍地だったので大変懐かしく思いました。(当時はまだ合併してなかったですが)
    現在も親戚は、兵庫県周辺に散らばっていますが、手紙のやり取りをしていなかったので、現在はよくわかりません。
    両親の戸籍はそこにあるので、いつか取り寄せてみようと以前から思っているのですが、手続方法がよくわからないためそのままになっています。
    (脇道の話でした。)
    また、機会があったらで結構ですが、但馬地域の話題を取り上げていただくと嬉しいです。
    2019年06月21日 00:01
  • ポジティブオーラ

    わけいさん
    いつも有難うございます。
    養父市の浅間寺の記事ですね。
    このお寺の息子さんが神戸に
    出ておられるので、お寺のことを
    知り参拝しました。
    お寺の裏の須留岐山の麓に
    古くから住まれている方が
    多いように思いましたが、
    冬は雪が大変なようでした。
    大変古い歴史のあるお寺
    ですが、地域の人の御蔭で
    維持されていることが
    良く分かります!
    わけいさんのご両親の
    檀那寺かも知れないですね!
    若い時には、朝来から八鹿を通り
    神鍋の十戸などへアマゴや
    ニジマスを釣りに行きました。
    また元気なうちに但馬方面
    にも足を伸ばしたいと思います。
    ありがとうございました。
    2019年06月21日 07:13
  • ヒゲ爺

    ポジティブオーラさん いつも有難うございます。
    節目の日だったのに、平池の事を思うと気が滅入っていましたが・・・・
     不思議な事が起こり、明日に向かうエネルギーをを貰いました。
    早起きは三文の徳かな???
    2019年06月22日 13:37
  • ポジティブオーラ

    ヒゲ爺さん
    いつも有難うございます
    色々なアイテム全てが【7777】
    というのも奇跡的なことですね
    毎日、早朝の澄んだ空気を
    取り入れるだけで、運気も益々
    どんどん上がることと思います!
    頑張ってください
    ありがとうございました
    2019年06月22日 14:15
  • ミクミティ

    端谷城のことは知りませんでした。三木城の支城だったのですか。三木城にしても、備中高松城にしても、多くの支城があって、最初は複数の城で対抗していたのですね。毛利の支援や地元の利もあり、勝てるとも思っていたのだと思います。
    激しい戦いのあった場所が、現代、史跡となり敗者を供養するお寺があることに救われる思いを感じたりします。
    2019年06月23日 21:42
  • ポジティブオーラ

    ミクミティさん
    ありがとうございます。
    端谷城は元々、当地で古くから
    あったようですが、戦国期に
    三木の別所氏が勢力を拡大し、
    東播磨の一帯を勢力下に治めた
    ころから支城の役割を持つように
    なったようです。
    でも、信長方の大軍に押し寄せられた
    小さなお城の城内は不安だったと
    思いました。
    この端谷城での戦の様子は
    分かりませんが、別所氏に味方した
    丹上山のお寺では、かなり悲惨な
    事があったということです。
    平和な時代が有難いです!
    ありがとうございました。
    2019年06月24日 08:23
  • y&m

    ここも自動鐘撞きなんですか・・(笑)。有る意味、人より上手なのかも知れませんが、現代では仕方ない事なんですかねぇ。
    2019年06月24日 08:33
  • ポジティブオーラ

    y&mさん
    いつも有難うございます
    丁度12時にお寺に着きましたが、
    何度(12度)鐘の音が響いていました。
    お寺の方は、普段はお寺近くの自宅
    におられるようで、朱印は自宅・・・
    という地図も書かれて物がありました。
    新長谷寺も無住でしたし、神戸でも
    西区や北区の田園地帯では、無住の
    お寺が増えているのも時代なのかも
    知れないですね。
    ユーチューブ動画で廃墟探訪ものを
    見ていても、廃墟になったお寺を
    見ると寂しいですね!
    ありがとうございました
    2019年06月24日 09:26

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